第4話 / 全5話(連載中)

世界の裏側と完璧なバグ

視界が、バグったモニターみたいにチカチカと明滅する。
上下左右の概念が、まるで解像度の低いゲームみたいに崩れていく。
ボクは、叫び続けていたのかもしれない。
それとも、声すら出せないほど、全身の細胞がノイズに書き換えられていたのか。

「……っ、は、ぁ……っ!」

肺が焼けるように熱い。
吸い込む空気が、酸素じゃなくて「0」と「1」の羅列に変わっていくような、そんな錯覚。
ボクは泥のような、いや、電子の塵のような何かを掻き分けながら、必死に手を伸ばした。

ユウナさん。
ユウナさん、どこだ!

ボクの指先が触れたのは、冷たいコンクリートでも、誰かの制服でもなかった。
それは、重力すらも欠落した、無機質な「情報の塊」だった。

ガガガッ、という耳障りな音と共に、世界が強制的に再構成されていく。
一瞬、真っ白な空白がボクを飲み込んだ。
次に目を開けたとき、ボクは、信じられない光景の中にいた。

「……ここ、は……」

そこは、学校の屋上でも、廊下でもなかった。
空は、深い、深い藍色。でも、ただの夜空じゃない。
星の一つ一つが、巨大なピクセルとして、グリッド状に配置されている。
地面は、透明なガラスの床みたいに透き通っていて、その下には、流動するデータのような光の川が、絶え間なく流れていた。

まるで、世界のバックエンド――プログラムの裏側に、ボクたちは迷い込んでしまったみたいだ。

「……瀬戸、くん」

震える声が、どこからか聞こえた。
ボクはなりふり構わず、その声のした方へと駆け出した。
足元がふわふわして、まるで雲の上を歩いているみたいだ。

「ユウナさん!」

そこに、彼女はいた。
オーバーサイズのカーディガンを、夜の風に揺らして。
でも、彼女の姿は、ボクが知っている彼女とは、少し違っていた。
彼女の輪郭からは、微かな光の粒子が、絶え間なくこぼれ落ちている。
まるで、彼女という存在そのものが、この世界に溶け出し、消えかかっているみたいに。

「ごめんね、怖かったよね」

ユウナさんは、いつもの、あのいたずらっぽい微笑みを浮かべていた。
でも、その瞳は、酷く寂しそうだった。

「怖くない! 怖くないから、そんな顔しないでください!」

ボクは、彼女の肩を掴もうとして、躊躇った。
触れたら、彼女がデータとなって霧散してしまうんじゃないか。
そんな恐怖が、ボクの指を凍らせる。

「ねえ、瀬戸くん。知ってる? わたしの『ログ』の正体」

彼女は、大切そうに、あの銀色の懐中時計を胸に抱きしめた。
時計の針は、今も、チク、タク、と、不規則なリズムを刻んでいる。
その音が、ボクの鼓動と、まるで不協和音を奏でるように重なった。

「……教えてください。ユウナさんが、本当に残したいもの」

「それはね、……誰の目にも触れない、完璧な『バグ』なの」

彼女の言葉は、唐突で、意味不明だった。
バグ? 完璧なバグ?
っていうか、マジで意味不明なんだけど。
ボクは心の中で、いつものように毒づこうとした。
でも、言葉は喉の奥で、電子的なノイズとなって消えた。

「みんなは、わたしの死を『コンテンツ』として消費しようとする。一ノ瀬くんみたいに、再生数を稼ぐためのスパイスとしてね。でも、本当の記録は、そんな風に簡単にパッケージ化できるものじゃない」

ユウナさんの声が、次第に強くなっていく。

「わたしの命は、この世界のシステムにとって、エラーでしかない。だから、システムはわたしの存在を消そうとする。……でもね、エラーこそが、この完璧で退屈な世界に、唯一の『真実』を刻める方法なの」

ユウナさんは、一歩、ボクに近づいた。
彼女から漂う、冬の夜のような、少しだけ冷たい香りが鼻をくすぐる。
その瞬間、ボクの心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

――キィィィィィィン!!!

周囲の空間が、激しく歪む。
空のピクセルが剥がれ落ち、データの川が逆流を始めた。

「あ……っ!」

ユウナさんの体が、激しく明滅する。
彼女の存在が、この世界の「仕様」と激しく衝突している。
彼女がそこにいること自体が、この世界に対する、最大級の反逆なのだ。

【SNSのタイムライン】

> @System_Error: 【警告】広域通信障害発生。一部地域で、映像データが物理的なノイズに変換される現象を確認。
> @Tech_Geek: これ、ただの通信障害じゃないだろ。空間そのものが、パケットロスを起こしてるみたいに見える。
> @Urban_Legend: さっきから、誰も「現実」の動画を上げてない。みんな、真っ暗な画面か、砂嵐しか映ってないんだ。
> @Truth_Seeker: もしかして、世界が「再起動」しようとしてるのか……?

「瀬戸くん、見て」

ユウナさんが、空を指差した。
そこには、巨大な、巨大な『穴』が開いていた。
漆黒の、何も存在しない、絶対的な虚無。
それが、まるで巨大なプログラムの欠陥みたいに、この美しいデータの世界を、じわじわと飲み込み始めていた。

「それが、わたしの『死』がもたらす結末。……世界が、わたしの存在を完全に抹消しようとする、最終プロセス」

「そんなの、認めない……っ!」

ボクは、思わず叫んでいた。
ボクは、ずっと傍観者だった。
画面越しに、誰かの人生を眺め、誰かの感情を消費して、自分は安全な場所にいる。
そんな生き方をしてきた。
でも、今、目の前で消えかかっている彼女を見ていると、そんな自分を、心底、軽蔑したくなった。

「ユウナさんを、消させない。たとえ、この世界がバグだらけのゴミクズだったとしても、ボクは、キミのログを、ボクの記憶に刻みつける!」

ボクは、一歩、踏み出した。
足元のガラスが、砕け散るような音を立てる。
でも、止まらなかった。

「瀬戸くん……バカだね。そんなことしたら、君の『現実』も、全部壊れちゃうよ?」

ユウナさんの瞳に、涙が浮かぶ。
それは、デジタルな世界には存在しないはずの、あまりにも人間的な、熱い雫だった。

「壊れたっていい! 完璧なログなんて、いらない! ボクが欲しいのは、キミが、今、ここにいるっていう、確かな手触りだけだ!」

ボクは、彼女の手を、掴んだ。
指先に伝わってきたのは、彼女が言った通りの、凍えるような冷たさ。
でも、その冷たさが、ボクの熱い手のひらを通じて、心臓へと突き刺さった。

その瞬間。

――ドクン。

世界が、止まった。

音も、光も、崩壊していくデータの流れさえも。
すべてが、一瞬の静止画(フリーズ)の中に閉じ込められた。

「……あ……」

ユウナさんの表情が、驚きに変わる。
彼女の懐中時計が、最後に、これまでで最も大きく、重い音を立てた。

――カチッ。

秒針が、止まった。

【コメント欄】

> @user_z: 止まった……。
> @user_y: 全部の配信が、一斉に止まった。
> @user_x: 画面が……真っ暗じゃない。
> @user_a: 誰も、何も、見えてない。
> @user_b: ――ただ、聞こえる。

静寂。
あまりにも、深い、静寂。

暗転したスマートフォンの画面の向こう側。
ボクと、彼女の間に、言葉にならない「何か」が、確かに生まれていた。

それは、再生数も、いいねも、フォロワー数も、一切関係のない。
ただ、二人の存在だけが、暗闇の中で、激しく、熱く、共鳴し合っていた。

「ユウナさん……」

ボクは、彼女を、強く、抱きしめた。
たとえ、この瞬間のあとに、ボクたちが、何になっても。
たとえ、この世界が、完全に消滅したとしても。

この、ボクたちの「バグ」だけは、誰にも、決して、奪わせない。

この話は、読者の評価(★2.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

3,195文字 ・ 2026-10-12 16:27 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it