第3話 / 全3話(連載中)

ノイズの中への跳躍

屋上から逃げ出したボクたちは、まるでバグったゲームのプログラムから脱出するプレイヤーみたいに、意味不明なノイズが走る廊下を駆け抜けていた。

っていうか、マジで何これ? 
視界の端っこで、校舎の壁がピクセル状に崩れては再構成されてる。まるで解像度の低い古いゲームの世界に迷い込んだみたいだ。さっきの一ノ瀬の「バズる」なんて言葉が、なんだか別の、もっと不気味な意味を持って響いてくる。

「はぁ、はぁ……っ、瀬戸くん、止まらないで……!」

ユウナさんが、ボクの腕を掴んだまま必死に走る。
彼女の体温は、相変わらず驚くほど低い。でも、その冷たさが、ボクの肌に触れるたびに、自分がまだ「ここ」にいることを証明してくれている気がする。

「止まらない! どこへでも行くから、掴まってて!」

ボクは自分でも驚くほど、強気に言い切った。
内向的で、教室の隅でスマホの画面だけを眺めていたボクが、こんなに必死に走るなんて。きっと、今のボクは現実の人間じゃなくて、物語の主人公にでもなりきってるんだろう。……なんて、そんなメタな分析をしている余裕は、一秒もなかった。

「――あ、見つけた。逃がさないって言ったじゃん」

階段の踊り場で、その声は聞こえてきた。
一ノ瀬蓮。
彼は、まるでスローモーションのような不自然な動きで、ノイズの渦の中から姿を現した。
彼の持つ最新のiPhoneからは、絶え間なく「通知音」が鳴り響いている。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン――。
その音は、世界が崩壊していく音と完璧に同期していた。

「ユウナちゃん、君のその『バグってる感じ』、マジで神演出。今、ライブ配信してるから。フォロワーが、君が消える瞬間を待ってるんだよ」

一ノ瀬の瞳は、もはや人間らしい光を失っていた。
そこにあるのは、獲物を追い詰めた狩人の熱狂と、数字を追い求める狂信者のそれだ。
彼はユウナさんを「人間」として見ていない。
彼女が消えゆくその刹那を、最高に高値で売れる「コンテンツ」としてしか見ていないんだ。

「……最低」

ユウナさんの声が、低く、鋭く響いた。
彼女の手の中にある懐中時計が、激しく脈動している。
チク、タク、チク、タク――。
そのリズムに合わせて、周囲の空間がひずみ、一ノ瀬の背後に立つクラスメイトたちの姿が、まるでコラージュ画像みたいにぐにゃりと曲がっていく。

「最低? 最高の誉め言葉だよ! ほら、もっと絶望して! その方が、視聴者の『いいね』が跳ね上がるからさ!」

一ノ瀬が自撮り棒を突き出す。
そのレンズが、ユウナさんを、そしてボクたちを、無機質な眼差しで捉えた。

「やめろ……っ!」

ボクは叫んだ。
でも、言葉はノイズに飲み込まれ、意味を成さない。
その時、ユウナさんの懐中時計が、これまでにないほどの激しい音を立てた。

――キィィィィィィン!!!

鼓膜を突き刺すような高周波。
ボクの視界が真っ白に弾け、心臓が、まるでドラムのように暴れ出した。

(あ、これ……)

ボクは直感した。
ユウナさんの時計と、ボクの心拍数が、共鳴している。
ボクの緊張と、彼女の命の期限。
二つのリズムが重なり合った瞬間、世界は「観測」されることを拒絶し、決定的なエラーを起こそうとしている。

【SNSのタイムライン】

> @Trend_Hunter: 【速報】一ノ瀬蓮、学校の屋上で「神イベント」発生中!? 
> @Live_Watcher: 映像がバグりすぎてて見えないけど、これマジでヤバい。演出にしてはリアルすぎる。
> @Reality_Check: これ、学校の放送室とかから流れてる音、不自然じゃない? 音楽じゃなくて、電子的なノイズなんだけど……
> @Anti_Ren: 一ノ瀬、またやってるよ。ユウナちゃんを追い詰めて、自分のフォロワー稼ぎに使うなんて。
> @User_99: 待って、さっきからユウナちゃんの周りの空間、物理的に「欠けて」ない……?

「瀬戸くん、走って……!」

ユウナさんが、ボクの耳元で囁いた。
その瞳には、決意のような、あるいは諦めのような、不思議な光が宿っている。

「え……?」

「わたしの『ログ』を、あんな奴らに渡したくない。……ボクと一緒に、わたしの『真実』を、見つけて……!」

彼女はボクの手を振りほどき、ノイズの激しい、光の奔流が渦巻く廊下へと、自ら飛び込んでいった。

「ユウナさん!!」

ボクは反射的に手を伸ばした。
でも、指先が触れたのは彼女の肌ではなく、冷たく、硬い、電子の壁だった。

ガガガッ、と視界が激しく乱れる。
一ノ瀬の嘲笑うような声も、クラスメイトたちのざわめきも、すべてが「音割れ」したデジタルデータへと変わっていく。
ボクは、ただ一人、崩壊していく現実の淵に取り残された。

いや、違う。
ボクは、彼女を追わなければならない。
彼女が「消える」前に。
彼女が、誰にも見られない、本当の「ログ」を刻み切る前に。

ボクは、ノイズの渦へと、自分自身を投げ出した。

「待っていろ、ユウナさん!!」

ボクの叫びは、再起動を繰り返す世界の叫びと混ざり合い、どこまでも空虚に響き渡った。

【コメント欄】

> @user_z: 待って、瀬戸くんも消えた!? 画面から消えたんだけど!!
> @user_y: なにこれ、ホラー? それとも超高度なAR?
> @user_x: 映像が止まった……。いや、止まったんじゃない。画面が「真っ暗」になった……。
> @user_a: 誰も何も見てない。みんな、スマホ越しにしか、世界を見てないんだ。

暗転した画面の向こう側で、ボクは、確かに聞いた。
たった一つ、世界に響く、確かな鼓動の音を。

――ドクン。

それは、デジタルな世界が、肉体的な「生」に敗北する音だった。

この話は、読者の評価(★2.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

2,412文字 ・ 2026-10-12 04:33 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it