第2話 / 全2話(連載中)

世界のバグと共犯者

「……バグを見つけちゃった」

ユウナは、さっきの電子音(ノイズ)が嘘みたいに、ふわりと微笑んだ。
でも、その瞳の奥は、ちっとも笑っていない。

っていうか、マジで意味不明なんだけど。
さっきの、あの耳鳴りみたいな音。空がチカチカした現象。
あれ、ボクの脳がバグったんじゃない。世界そのものが、エラーを吐き出したんだ。

まるで、高性能なゲームのテクスチャが剥がれ落ちたみたいに。

「バグって、何だよ。それ、どういう意味……?」

ボクが必死に言葉を紡ぐと、彼女は懐中時計を指先で弄びながら、僕の至近距離まで歩いてきた。
ふわり、と。
制服の柔軟剤と、どこか懐かしい、古い紙のような匂いが鼻腔をくすぐる。
画面越しに見ていた「ユウナ」というアカウントの向こう側。そこにいたはずの「概念」が、今、ボクの目の前で、確かな質量を持って存在している。

「意味? そんなの、今のボクたちにとっては『接続(コネクト)』が強すぎたってことだよ。瀬戸くんの心拍数と、わたしの時計が、共鳴しちゃったんだ」

「共鳴……?」

「うん。あ、見て。また来るよ」

彼女が指差した先。
屋上のフェンスの向こう、校庭の方から、何かが迫ってくるような感覚。
いや、感覚じゃない。
ボクのスマホが、ポケットの中で狂ったように震え始めた。

――ブブブッ、ブブブッ!
――ピコン! ピコン! ピコン!

通知の嵐。
まるで、誰かがボクの存在を、無理やり世界に引き戻そうとしているみたいだ。

【SNSのタイムライン】

> @yuna_log_official (如月ユウナ)
> 今、屋上で最高のバグを見つけたよ。世界が、ちょっとだけ壊れる音。
> #バグ #ログの共犯者 #終末の予感

> @ren_influence (一ノ瀬 蓮)
> 【速報】ユウナちゃん、ついに実写(リアル)降臨!? 屋上で何か起きてるっぽい。これ、絶対バズるやつ。現場突撃していい? #ユウナ #神展開 #拡散希望

> @user_x
> え、ユウナちゃんのアカウント、なんか投稿の雰囲気が変わった?
> @yuna_log_official 待って、今の投稿、なんか不気味じゃない……?

「……っ、一ノ瀬、か」

ボクは、絶望的な予感に喉を詰まらせた。
あの、承認欲求の塊みたいな、トレンドの死神。
彼がこの「異常」に気づかないはずがない。
ユウナがどれほど「特別な存在」として、ネット上で作り上げられてきたか。
それを一番、残酷な方法で利用しようとしているのが、あいつだ。

「あはは、一ノ瀬くん、早すぎ。食いつきが良すぎて、ちょっと引いちゃうね」

ユウナは、スマホを弄るボクの様子を眺めて、楽しそうに肩を揺らした。
でも、その手元にある懐中時計の秒針は、さっきよりも少しだけ、ゆっくりと、重苦しく刻まれている気がする。

「ユウナさん。君は、本当に……何をしようとしているんだ?」

ボクは、意を決して尋ねた。
逃げ出したかった。この、解像度の狂った現実から。
でも、彼女の瞳に宿る、あの圧倒的な「孤独」を見ていると、ボクは逃げることができない。
ボクだって、同じだ。
画面の向こう側に居場所を求め、現実のノイズを拒絶してきた、同類なのだから。

「わたし? わたしはね、ただ、記録したいだけ。
誰にも邪魔されず、誰にも消費されず、わたしがわたしであったことを証明する、最高に美しいログを」

彼女の声は、夕陽に溶けて、どこまでも透明だった。

「でも、そのためには、この世界に『ノイズ』を混ぜなきゃいけないの。
……ねえ、瀬戸くん。キミは、ログの共犯者でしょ? 
わたしの『死』を、コンテンツにさせないために、一緒に戦ってくれる?」

「戦うって……ボクに、何ができるんだよ。ボクはただの、目立たない、どこにでもいる高校生だぞ」

「いいんだよ。ボクたちは、『見られない』ことが最大の武器なんだから」

彼女は、ボクの手を、そっと取った。
指先は、驚くほど冷たかった。
生きている人間の、体温じゃないみたいに。
けれど、その冷たさが、不思議とボクの熱を奪うのではなく、落ち着かせてくれる。

「……約束だ。君のログが、ただの消費物にならないように。ボクが、君の隣にいる」

ボクがそう答えた瞬間。
――ドォォォォォォン!!!

地鳴りのような、重低音のデジタルノイズが、屋上全体を包み込んだ。
空が、パキパキと音を立てて、ガラスのように割れていく。
そこから漏れ出してきたのは、極彩色の、おぞましいほどに鮮やかな光の奔流。

「あ、またバグが……っ!」

「逃げちゃダメだよ、瀬戸くん! 見てて、これがわたしの、真実(ログ)だから!」

視界が、真っ白に塗りつぶされる。
耳を刺すような電子音。
世界が、再起動(リブート)しようとしている。

その混乱の隙間を縫って、重い扉が、乱暴に開け放たれた。

「――見つけた! ユウナちゃん、マジで最高じゃん!」

眩しいほどの光と共に、現れたのは、一ノ瀬蓮だった。
最新のiPhoneを自撮り棒に固定し、まるで獲物を見つけたハンターのような、ギラついた瞳。
彼の背後には、スマホの画面を覗き込みながら、ざわめき立つクラスメイトたちの影。

「ねえ、それ、何? さっきの変な音、映ってる? 映して! 映さないとバズらないよ!」

一ノ瀬の声は、現実の空気を切り裂く、鋭利な刃物だった。
彼は、ユウナの儚さも、世界が壊れかけている恐怖も、すべてを「いいね」の数に変えるための、ただの素材としてしか見ていない。

ユウナの表情が、一瞬で凍りついた。
彼女の持つ懐中時計が、激しく、激しく、震えている。

チク、タク、チク、タク、チク、タク――。

「……っ、来ないで」

ユウナの声が、震える。
それは、恐怖ではない。
自分の大切な「聖域」を、汚されようとしていることへの、烈しい拒絶だった。

「ユウナちゃん、そんな顔しないでよ! もっと『壊れそうな美少女』って感じでさ、カメラ目線、お願い!」

一ノ瀬が、一歩、踏み出す。
その瞬間。

――ガガガガガガガガッ!!!

世界が、激しく、激しく、乱れた。
一ノ瀬の姿が、デジタル的なノイズとなって、何重にも重なって見える。
周囲の生徒たちの声が、不自然なループ再生のように繰り返される。

「うわっ、なんだこれ!? スマホが、壊れた!?」
「バグ!? 演出なの!? すごい、これバズる!」

パニックが、伝染していく。
誰もが、目の前で起きている異常を「コンテンツ」として消費しようと、スマホを掲げる。
誰もが、世界が崩壊していることに、気づこうとしない。

「瀬戸くん……っ」

ユウナが、ボクのシャツの裾を、ぎゅっと掴んだ。
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
その涙さえも、空中でデジタルな粒子となって、霧散していく。

「……ボクが、守る」

ボクは、自分でも信じられないような、熱い衝動に突き動かされていた。
目の前のノイズ。
一ノ瀬の、空虚な承認欲求。
崩壊していく世界。
それらすべてを、ボクは、今、この瞬間、全力で拒絶したい。

「一ノ瀬! 離れろ! 彼女は、お前の道具じゃない!」

ボクの声は、喧騒の中に、虚しく吸い込まれていった。
でも、ボクは、彼女の手を、絶対に離さない。
指先の冷たさが、少しずつ、ボクの熱で溶かされていくのを、確かに感じながら。

【コメント欄】

> @user_z: やばい、今、学校の屋上でマジでバグ起きてる動画流れたんだけど!!
> @user_y: これ、加工じゃないよね……? 背景の空、バグってる……
> @user_x: 【拡散希望】ユウナちゃんが消えそう!? 助けてあげて!
> @user_a: なんでみんな「助けて」って言えるの? 誰も助けようとしてないじゃん。ただ見てるだけ。

ユウナの懐中時計が、不吉な音を立てて、大きく一秒を刻んだ。

――チクッ。

それは、彼女の残された時間が、また一歩、削られた音だった。

ボクたちは、知らず知らずのうちに、世界を壊すための、物語の歯車に組み込まれていたのだ。

「……行こう、ユウナさん」

ボクは、彼女を連れて、ノイズの渦中へと、駆け出した。

3,411文字 ・ 2026-10-11 14:51 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it