第4話 / 全4話(連載中)

真夜中の子守唄タルト

ガガガガッ!! と、鼓膜を突き破らんばかりの衝撃音が店内に響き渡りました。
窓ガラスが限界までしなり、不夜城の街を照らしていた色とりどりのネオンが、外の漆黒に塗り潰されていくのが見えます。

正直に言いましょう。めちゃくちゃ怖いです! あたし、今、人生で一番「ひぃぃっ!」ってなってます!
だって、目の前にあるのはただの砂嵐じゃない。意思を持って、飢えた獣みたいに「甘いものをよこせ」って叫んでる闇の塊なんですから!

「リアナ! ぼうっとしていないで、早く避難室へ!」

ソロモンさんが、あたしの肩を強く掴みました。いつもは穏やかで、仏様みたいにニコニコしてるソロモンさんの顔が、今は見たこともないくらい切羽詰まっています。

「無理っす! だって、あのお方……じゃなくて、あの渦が、あたしに話しかけてきてるもんっす!」

あたしはソロモンさんの手をすり抜けて、震える足でカウンターへ駆け寄りました。
耳の奥で、ずっと、ずっと、しつこいぐらいに囁きが聞こえるんです。
『……足りない。ずっと、足りなかった。誰も、私を眠らせてくれない……』

……眠らせてくれない?
あたしは、ふと不思議な気持ちになりました。
ここは不夜城の街。24時間、ずっと灯りが消えない、眠ることを忘れた街です。みんなが起きて、働いて、騒いで、贅沢をして。効率と快楽だけを追い求めて、静寂なんてものはゴミ箱に捨てちゃったような場所。

「……もしかして」

あたしの頭の中で、パズルのピースがガチャンと嵌まりました。

「ソロモンさん! この嵐、お腹が空いてるんじゃなくて、『眠りたい』んじゃありませんか!?」

ソロモンさんが、ハッとしたように目を見開きました。銀縁眼鏡の奥の瞳が、鋭く、そしてどこか悲しげに揺れます。

「……なるほど。君の言う通りかもしれないね。この街の人々が、眠ることさえ惜しんで積み上げてきた『疲労』と『孤独』。それらが澱(おり)のように溜まり、やがて形を成したのが、あの漆黒の渦というわけか」

なるほど。つまり、街のみんなが「無理しすぎ」だった結果、そのストレスの塊がモンスターになっちゃったってことっすね。
いやいや、不夜城っていうコンセプトが激しすぎるでしょ! ちょっとは寝ろよ! っていうツッコミを、あたしは心の中で全力でぶつけました。

「……クソっ、理屈はどうでもいい! とにかく、このままだと店が潰れるぞ!」

カイルさんが、子供を抱きしめたまま、鋭い眼差しで外を睨んでいます。
彼の言う通り。渦の触手のような闇が、もう店のドアノブに触れようとしていました。

「あたしが、作りますっす!」

あたしは、お気に入りの白いエプロンをぎゅっと締め直しました。
小麦粉で白くなったエプロンが、なんだか今だけは聖騎士の鎧みたいに思えてきます。

「えっ? 何を……」

「この渦に、『最高の安眠』をプレゼントするスイーツをっす!」

あたしは迷わず、厨房へと飛び込みました。
今、この嵐に足りないものは何か。
それは、ただの甘さじゃない。心から安心しておやすみなさいと言える、深い、深い休息の味。

(よし、行くよ! リアナ・サマー、本気モードっす!)

あたしは、冷蔵庫から最高級のダークチョコレートを取り出しました。
まずは、ベースになる濃厚なガナッシュ。カカオ分70%の、少し苦味のある大人な味。これが「夜の静寂」になります。
そこに、冷蔵庫の奥に眠っていた、完熟したブルーベリーのソースを合わせます。深い紫色のソースは、夜空に溶ける「溜息」の味。

そして――ここからが本番です。

あたしは、ソロモンさんから譲り受けた、あの不思議な紫色のスパイスを、指先でひとつまみ、丁寧に、本当に丁寧に振りかけました。
キラキラと、星屑のように輝く粒子がチョコの中に溶け込んでいく。

「……ああっ! 危ないっす!!」

あまりに集中しすぎて、隣にあったホイップクリームのボウルに肘をぶつけました。
シュゴォォッ!! という豪快な音と共に、真っ白なクリームが噴水のように噴き出し、あたしの顔面に直撃。
視界が真っ白。あたしは一瞬、自分が雲の上に転がされたのかと思いました。

「……おい、何やってんだこのドジっ子」

厨房の入り口で、カイルさんが呆れたように溜息をついています。
でも、あたしは気にしません。だって、今の事故で、最高のアイデアが浮かんだんですから!

「今ので決まりっす! この『真っ白な雲の布団』を上に乗せれば完璧っすよ!」

あたしは、顔に付いたクリームをペロリと舐めて(美味しい!)、猛スピードで仕上げに入りました。
濃厚なチョコとブルーベリーのタルトの上に、空気を含ませて極限までふわふわに泡立てた、雲のようなホイップクリームを山盛りに盛り付けます。
最後に、その頂点に、一粒だけ、真っ赤なラズベリーを。これは「明日への希望」という名の目覚まし時計っす!

完成したのは、『真夜中の子守唄タルト・特製スリーピー・バージョン』。

見た目は、深い闇の海に、真っ白な雲が浮かび、そこに小さな赤い星がひとつ輝いているような、幻想的なスイーツになりました。
香りは、カカオの深い香りと、ベリーの甘酸っぱさ、そして紫色のスパイスがもたらす、不思議と心を落ち着かせる森のような香りが混ざり合っています。

「……ソロモンさん、カイルさん! 準備完了っす!!」

あたしが叫んだ瞬間。
ガシャァァァン!! と、店の正面ドアが、ついに闇に押し破られました。

冷たい風と共に、ドロドロとした漆黒の渦が、店内に流れ込んできます。
その圧力で、テーブルや椅子がガタガタと激しく揺れ、店内の灯りがチカチカと点滅しました。

「甘い……救いを……くれ……!!」

渦の声が、今度ははっきりと店内に響き渡りました。
それは、あまりにも切実で、あまりにも孤独な叫び。
あたしは、震える手でタルトのお皿を高く掲げ、闇の真っ只中へと一歩踏み出しました。

「はい、お待ちっす! 特製の子守唄タルトですよ!!」

あたしは、全神経を集中させて、そのタルトを渦の核心――一番深い闇の場所へと差し出しました。

(食べてくださいっす! そして、ゆっくり、ゆっくり、おやすみなさい!)

その瞬間、漆黒の渦が、大きくうねりました。
まるで、目の前の甘い香りに、理性を失ったみたいに。

ドサァッ!!

という音と共に、闇の塊がタルトを丸ごと飲み込みました。
店内に、張り詰めた沈黙が訪れます。

カイルさんが武器(というか旅の杖)を構え、ソロモンさんが祈るように目を閉じ、子供があたしのエプロンの裾をぎゅっと握りしめていました。

そして、数秒後。

「………………ふぇ?」

渦の中から、さっきまでの絶望的な叫びとは全く違う、とても小さくて、間の抜けた声が聞こえてきたんです。

あたしは、思わずポカンと口を開けました。
いま、この恐ろしい漆黒のモンスター、「ふぇ?」って言いましたよね?

正気っすか!? あんなに威圧感出してたのに、一瞬でキャラ崩壊してないっすか!?

でも、その直後。
店内に流れ込んでいた激しい風が、嘘のように凪ぎました。
漆黒だった渦の色が、ゆっくりと、淡い紫色へと変わり始めます。

それは、まるで激しい嵐のあとに訪れる、穏やかな夜明けのような色。

「……あたたかい……。こんな、気持ち……初めて……」

渦の声から、鋭い渇きが消えていました。
代わりにそこにあったのは、心地よい眠気に誘われた、赤ん坊のような安らかな響き。

でも、安心したのはまだ早かったみたいです。
淡い紫色に変わった渦が、ゆっくりと、本当にゆっくりと、形を変えていきました。

そして、現れたのは――。

「…………えっ?」

あたしは、目の前の光景に、目を丸くしました。
そこには、人間ではないけれど、人間のような形をした、小さな「何か」が、ぽつんと座っていたんです。

それは、透き通るような紫色の肌をした、小さな子供のような姿。
でも、その瞳は星空のように深く、そして、とても悲しそうにあたしを見つめていました。

「……あなたが、私を眠らせてくれたの?」

その不思議な生き物が、ぽつりと呟きました。
その瞬間、あたしの心に、さらなる疑問が浮かびました。

この子は、一体誰?
そして、この街が隠してきた「本当の秘密」って、一体なんなのっすか!?

物語は、ようやく「正体」という名のデザートへと辿り着いたようでした。

3,510文字 ・ 2026-11-08 06:34 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it