第5話 / 全5話(連載中)

物語を紡ぐ味と、不穏なノイズ

窓の外の空は、もうすっかり「さあ、今日も一日頑張るぞ!」って感じの、眩しいくらいの青色に染まっている。

あのお客さんが、晴れやかな顔でミルクレープを完食して帰っていった後の『黎明亭』は、なんだか少しだけ、空気が軽くなったみたい。でも、あたしの心臓はまだ、さっきのラジオの声のせいでトクトクって速いリズムを刻んでる。

「……ありがとう。よく頑張ったね」

あんなに優しくて、どこか懐かしい声。あたし、絶対忘れないよ。あの声が流れた瞬間の、あの不思議な感覚!

「陽葵、ぼーっとしないで。ほら、佐々木くんがやる気満々で皿洗いを始めてるよ」

奏多さんが、いつもの穏やかな、でもどこか真剣な眼差しであたしをたしなめる。

「あ、あはは……! そうだよね、あたし、またやっちゃった!」

「マジっすよ陽葵さん! そんな顔してたら、せっかくの特製モーニングが台無しっす!」

佐々木くんが、スポンジをシャカシャカ鳴らしながら、体育会系全開の笑顔で突っ込んでくる。元気なのはいいことだけど、佐々木くん、ちょっと声が大きいよ! ……まあ、賑やかなのは、この店のいいところだけど。

あたしは慌てて、曲がったエプロンを直し、台所へと戻った。
でも、頭の片隅では、さっきの出来事がぐるぐると回っている。

ラジオの声。
それから、隣の古本屋『言の葉書房』の店主さん。
奏多さんが言った、「隣の店主も物語の登場人物の一人」っていう言葉。

「……ねえ、奏多さん」

あたしは、コーヒーを丁寧に淹れている奏多さんの背中に、こっそり尋ねてみた。

「さっきの、ラジオの声……やっぱり、普通じゃないですよね? あんなに直接、誰かに語りかけてくるなんて」

奏多さんは、抽出されたばかりのコーヒーの香りを深く吸い込むと、静かに口を開いた。

「このラジオはね、陽葵。単なる受信機じゃないんだ。街に漂う、行き場のない想いや、誰にも届かなかった言葉を、音として拾い上げる……いわば、心の受信機なんだよ。だから、声の主が『物理的な場所』にいるとは限らないんだ」

「ええっ……じゃあ、幽霊とか、そういうことですか!?」

あたしが思わず身を乗り出すと、奏多さんは困ったように少しだけ笑った。

「幽霊、というよりは……『記憶の残響』に近いかもしれないね。誰かが強く願ったことや、伝えられなかった想いが、音になってここに留まる。それは、とても美しい現象であり、同時に少しだけ、切ない現象でもあるんだ」

記憶の残響……。
なんだか、すごく詩的な言い方。でも、あたしにはまだ、ちょっと難しくて実感がわかない。あたしが知っているのは、目の前の美味しいものと、それを食べて笑顔になってくれるお客さんのことだけだもん。

「でも、さっきの店主さんとの繋がりは、本物みたいでしたよ」

「そうだね。彼が掃いていた箒の音も、さっきのラジオの声と、不思議なほど調和していた。まるで、最初から一つの物語の中にいるみたいに」

奏多さんの言葉に、あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
物語の中にいる。
あたしたちが、今ここで、美味しいコーヒーを淹れて、パンを焼いて、誰かのために一生懸命になっているこの日常さえも、誰かが紡いだ物語の一部なのかもしれない。

そう思うと、なんだか足元がふわふわするような、不思議な気分。

「あ! そうだ! 奏多さん!」

あたしは、パッと思いついたことを口にした。

「さっきの女性客のミルクレープ、あれ、すごくいい感じだったじゃないですか。なんだか、物語を読み進めるみたいに、味が重なっていく感じ。それなら……次は、もっと『物語』をテーマにしたメニューを作ってみるのはどうですか!?」

「物語を、テーマに?」

奏多さんが、興味深そうに眼鏡のブリッジを押し上げる。

「はい! 例えば……本の中に登場する景色とか、誰かが大切にしている思い出の味とか。ラジオから聞こえてくる『音』を、ただの材料にするんじゃなくて、その背景にある『物語』ごと、お皿に乗せちゃうんです!」

「……それは、面白い考えだね」

奏多さんの目が、ふっと輝いた。

「陽葵。君は、いつの間にか『音』の向こう側にあるものを見ようとしている。それは、料理人として、とても大切な感性だよ」

「えへへ、褒められちゃった! よし、やるぞー!」

あたしは拳をぎゅっと握りしめた。
でも、やる気満々のあたしをよそに、佐々木くんが「おーっす! 陽葵さん、気合入ってんなぁ! じゃあ、俺も負けてられねえっす!」なんて言って、皿洗いのスピードを爆上げし始めちゃった。

「わわっ、佐々木くん、危ないよ! 泡が飛んでくるー!」

「あはは、すみませんっす!」

そんな騒がしいやり取りをしながら、あたしはふと、窓の外を見た。
隣の『言の葉書房』。
桜色の外壁が、朝の光を受けて、優しく輝いている。

あそこの店主さんは、一体どんな物語を持っているんだろう。
そして、あのラジオが次にどんな声を連れてくるんだろう。

あたしは、少しだけ背筋を伸ばした。
いつか、お客さんが一口食べた瞬間に、「あぁ、私の物語は、まだ続いていくんだ」って、心から思ってもらえるような、そんな魔法みたいな一皿を作ってみたい。

「よし! まずは……今日のお客さんのための、モーニングセットの準備からだ!」

あたしは、キッチンの棚から、新鮮な果実が入った箱を取り出した。
中には、透き通るような輝きを放つ、真っ赤なベリーたちが詰まっている。

「……ピコック・ベリー、まだ残ってたんだ」

ふと、さっきの女性客が喜んでくれた、あの特別な果実を思い出す。
これを使えば、もっと、もっと素敵なことができるかもしれない。

あたしは、鼻歌を歌いながら、まずはパン生地をこね始めた。
小麦粉が舞い、オーブンの予熱が始まる。
香ばしい香りが、少しずつ、少しずつ、店の中に満ちていく。

その時だった。

「……カラン、コロン」

店の入り口のドアベルが、静かに、でもどこか急かすように鳴った。

「いらっしゃいませ――って、あれ?」

あたしが顔を上げると、そこには、いつもの常連客じゃない、見慣れない影が立っていた。

それは、透き通るような白い肌に、少しだけ憂いを帯びた瞳を持つ、若い女性だった。
彼女は、あのお客さんと同じように、一冊の古びた文庫本を、胸にぎゅっと抱きしめていた。

「あの……すみません。ここ、物語の続きが……聞ける場所、ですか?」

彼女の消え入りそうな声が、店内に響く。
その瞬間。

カウンターの隅にある、あの古い真空管ラジオが、ガサッ、と不吉な音を立てて、激しく震えたのだ。

「……っ!?」

あたしは、手に持っていた小麦粉を、思わずバサッとこぼしてしまった。
慌てて「あわわわ!」と片付けようとするあたしの視線の先で、ラジオの針が、見たこともないくらい大きく、狂ったように振れている。

そして、スピーカーから漏れ出してきたのは、音楽でも、さっきのような優しい声でもなかった。

――ザザッ……ザザザッ……

激しいノイズの合間から、何かが、必死に、叫んでいるような音が聞こえてきた。

『……見つけて……。私を……、あの日、置いていかれた……物語を……!』

「……っ!!」

奏多さんが、手に持っていたコーヒーカップを、震える手でテーブルに置いた。
その顔は、いつもの冷静さを失い、驚愕に染まっている。

あたしは、目の前の女性と、激しく音を立てるラジオを交互に見つめながら、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

新しい物語が、音を立てて、動き出そうとしている。
それは、とっても賑やかで、でも、少しだけ、怖いくらいの予感がする物語だった。

この話は、読者の評価(★5.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

3,193文字 ・ 2026-10-30 03:09 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it