第5話 / 全5話(連載中)

光の食卓と空の都

目の前に広がっていたのは、宇宙の深淵に浮かぶ、巨大な光の祭壇。
いや、それは祭壇なんて言葉じゃ足りない。
何千、何万という光の粒が、まるで宝石のスープみたいに渦を巻いて、銀色の道を作っている。その道がどこへ続いているのか、あたしには到底わからなかった。

「……すごい、綺麗……」

海斗が、その端正な顔を驚愕に染めて呟いた。
いつも冷静な彼が、まるで初めてアイスクリームを手にした子供みたいに目を丸くしている。あたしも、心臓の鼓動が耳元まで響いてくるのを感じていた。怖さなんて、もうどこかに飛んでいって、ただ圧倒的な美しさに脳が痺れている感じ。

「海斗、これ……本当に『食卓』なの? 壮大すぎて、あたしの胃袋が追いつかないよ!」

「……食卓、か。凪子さんの言っていたことが、こういう意味だったとしたら……」

海斗が光の階段を慎重に一歩、踏み出す。
その瞬間、回廊全体が「ウォォォォン」と、低く、深く、重厚な音を立てて共鳴した。それは楽器の演奏みたいでもあり、巨大な生き物の唸り声のようでもあった。

あたしたちは、その光の河を渡り、回廊のさらに中心、最も眩い光が集まる場所へと進んでいった。
そこには、巨大な円卓のような構造物があった。
けれど、それは木でできているわけじゃない。半透明のクリスタルが幾層にも重なり、その中を星屑のようなエネルギーが、まるでソースのように、とろりと、滑らかに流れている。

「見て、海斗! あれ!」

あたしが指差したのは、円卓の中央に浮かぶ、巨大な「核」だった。
それは、さっきのパフェの結晶を、何百倍にも大きくして、さらに神々しくしたような、輝く球体。
けれど、その輝きは、どこか不安定だった。
パチパチと、時折火花が散るように、光が乱れている。

「……エネルギーの供給が、不安定だ」

海斗が潜水日誌を広げ、その光の揺らぎを解析しようとする。
彼の表情は、一瞬で「考古学者モード」に切り替わった。
冷静で、鋭くて、でもどこか、この現象の真実に手が届きそうで届かない、焦燥感を含んだ瞳。

「星図と、このコアの同期が、完全にズレている。……誰かが、この航路を、無理やり書き換えようとしているんだ」

「書き換えようとしてる……? 誰が!?」

あたしの問いに、海斗が答える前に、回廊の空気が一変した。
さっきまでの、包み込むような温かさが消え失せ、刺すような冷気が、あたしたちを襲った。

「――侵入者を検知。航路の整合性を阻害する、不純物を排除します」

機械的な、けれど、どこか意志を感じさせる冷徹な声が、頭の中に直接響く。
同時に、回廊の端から、真っ黒な影が、まるでインクを零したみたいに、ドロリと這い出してきた。

「うわぁっ!? なに、あれ、黒いシミ!? 食べ物じゃないよね、絶対食べ物じゃないよね!?」

「陽葵、下がって! あれは防衛システムが、不完全な同期を『ゴミ』だと判断して、消去しようとしている攻撃だ!」

海斗が叫ぶ。
黒い影は、瞬く間に形を変え、鋭い槍のような、あるいは巨大な刃のような、禍々しい姿へと膨れ上がった。
それは、あたしたちが今まさに、この美しい景色を壊そうとしている「ノイズ」として、容赦なく襲いかかってくる。

「逃げる……しかないの!?」

「いや、逃げても無駄だ。このコアを、正常な状態に戻さない限り、この遺跡は崩壊し、僕たちは宇宙の塵になる!」

海斗の言葉に、あたしは思わず立ちすくんだ。
崩壊。宇宙の塵。
……そんなの、あんまりすぎる。
せっかく、こんなに美味しそうで、綺麗な景色を見ているのに!

「……決めた。あたし、やるよ!」

「陽葵?」

「海斗! さっきの、あのパフェ! あれ、ただの食べ物じゃなかったんでしょ? 神様の、エネルギーの結晶なんだよね!?」

あたしは、震える拳をぎゅっと握りしめた。
さっき、あのパフェを口にした時、あたしの体の中に、言葉にできないほどの熱い何かが流れ込んできたのを覚えている。
それは、単なる「美味しい!」っていう満足感じゃなくて、もっと、もっともっと……体の隅々までが満たされて、力がみなぎるような、そんな感覚。

「あのエネルギーを、このコアに……戻せばいいんだよね!?」

「……何を言っているんだ、陽葵。あんなのは、ただの供物だ。それをどうやって、この巨大なシステムに……」

「理屈はいいの! 理屈は後! 今は、あたしの直感が『これを食べさせればいい』って言ってるんだから!」

あたしは、海斗の制止を振り切って、光の円卓へと駆け出した。
背後からは、黒い影の攻撃が、雷のような速度で迫ってくる。
「ビシィィィン!」と、クリスタルの床が弾ける音がした。
一歩、また一歩。
足がすくむ。でも、止まらなかった。

(お願い、神様! もし本当に食いしん坊な神様がいるなら、あたしのこの『食べたい!』っていう気持ちを、エネルギーに変えてよ!)

あたしは、コアのすぐそばまでたどり着いた。
目の前の球体は、激しく明滅し、まるで苦しんでいるみたいに見えた。
さっきのパフェを食べて、あたしのエネルギーが乱れたせいで、システムが混乱している。
なら、あたしが、その「乱れ」を、もっと大きな「正解」として、叩き込んでやればいいんだ!

「海斗! あたし、これ、持ってくから! ちゃんと、同期させてよ!!」

あたしは、コアの表面に手を触れた。
熱い。
熱くて、眩しくて、まるで太陽を素手で掴んでいるみたいだ。
けれど、それと同時に、さっきパフェを食べて感じた、あの「甘美な幸福感」が、あたしの体から溢れ出していくのがわかった。

「――接続を開始します。ナビゲーター、エネルギーの再注入を確認」

声が響く。
あたしの体から、光の奔流がコアへと流れ込んでいく。
それは、あたしの記憶、あたしの感情、あたしの「美味しいものを食べたい!」っていう、純粋で強欲なエネルギーのすべてだった。

「陽葵!!」

海斗の声が遠くに聞こえる。
彼は、崩れゆく回廊の中で、必死に、星図を操作して、あたしのエネルギーが暴走しないように、ルートを制御しようとしてくれている。

(もっと……もっと食べて、もっともっと、満たしてあげるんだから!)

あたしは、心の底から、そう思った。
世界が、光に溶けていく。
黒い影が、光に飲み込まれ、消えていく。
崩壊していた航路が、パズルが組み合わさるみたいに、カチリ、と音を立てて、正しい形を取り戻していく。

そして、その瞬間。

――ドォォォォォォン!!!

巨大な、地鳴りのような音が響き渡った。
それは、新しい世界が、産声を上げた音だった。

光が収まった後、あたしは、真っ白な床にへたり込んでいた。
息が、上手く吸えない。
全身が、脱力感でぐったりとしている。

「……はぁ、はぁ……。……死ぬかと思った……」

「……陽葵。……君は、本当に……」

横を見ると、海斗が、呆れたような、でも、見たこともないほど救われたような、そんな複雑な表情で、あたしを見下ろしていた。
彼は、膝をついて、あたしの肩にそっと手を置いた。

「……馬鹿だな。あんな方法、考古学の教科書にはどこにも載っていない」

「……ふんっ。教科書なんて、食べてもお腹膨れないもん」

あたしは、精一杯の強がりを言って、口角を上げた。
でも、本当は、涙が出そうだった。
海斗の手が、すごく温かかったから。

「でも、やったんだね。……航路が、安定した」

海斗が指差した先。
荒れていた光の河は、今や、穏やかで、どこまでも透き通った、美しい銀河の川へと変わっていた。
そして、その航路の先には、さっきよりもずっと、鮮明な「目的地」が見えていた。

それは、空に浮かぶ、巨大な、巨大な……。
星の観測所。
いや、それはもう、観測所なんていう地味なものじゃない。
無数の星々を、その手の中に抱きかかえたような、神々しい、空の都だった。

「見て、海斗。……あそこに行けば、きっと……」

「……ああ。僕たちが、見つけるべき答えが、そこにあるはずだ」

海斗の瞳には、迷いがなかった。
彼は、古びた潜水日誌を大切そうに抱え直し、立ち上がった。
あたしも、震える足に力を込めて、彼と一緒に立ち上がる。

けれど、安堵の時間は、長くは続かなかった。

「――警告。未登録の航路進入を確認。第三勢力、接近中」

再び、あの冷徹な声が響く。
今度は、さっきの防衛システムとは違う、もっと、もっと……「悪意」に満ちた、刺すような声だった。

「……っ、来るのか!?」

「……ああ。星図の力を狙う、奴らが」

回廊の向こう、光の川の向こう側から、いくつもの、鋭い光の弾丸が、あたしたちを目掛けて飛んできた。
それは、この美しい航路を、力ずくで奪い取ろうとする、侵略者の光。

「海斗、あたし、もうお腹いっぱいだよ……。こんなに走って、エネルギーも使い果たして……」

「……陽葵。準備はいいかい?」

海斗が、あたしの手を、力強く、ぎゅっと握った。
彼の瞳には、もう、恐怖なんて微塵もなかった。
そこにあるのは、未知の真実にたどり着こうとする、一人の少年の、揺るぎない決意だけ。

「……あたしも、準備はできてる。……だって、あそこの街には、もっと、もっとすごい、宇宙一のグルメが待ってるかもしれないんだもん!」

あたしは、涙を拭って、彼に笑ってみせた。
たとえ、この先にどんな嵐が待っていようとも。
たとえ、どんな恐ろしい敵が立ちはだかろうとも。

あたしたちは、この光の航路を、最後まで駆け抜けてやる。
空の神様が、用意してくれた、この最高の「食卓」へ、辿り着くために!

「行くよ、海斗! 宇宙一の冒険の、クライマックスへ!!」

あたしたちは、迫りくる光の弾丸を、煌めく銀河の波へと飛び込んだ。

この話は、読者の評価(★5.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

4,063文字 ・ 2026-10-29 04:03 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it