第3話 / 全3話(連載中)

空飛ぶ遺跡と甘い罠

「……ねえ、海斗。あたし、今、夢を見てるんじゃないわよね?」

あたしは、自分の頬を思い切りつねった。
「いっ……てぇ!」
指先に走る確かな痛み。夢じゃない。あたしたちは間違いなく、あの光に飲み込まれて、この「空飛ぶ遺跡」の甲板に放り出されてしまったのだ。

見渡す限りの景色は、まさに異世界。
足元に広がるクリスタルのような甲板は、まるで星の欠片を敷き詰めたみたいに透き通っていて、その下にはどこまでも続く、銀色に輝く雲海が広がっている。空には、見たこともないほど巨大な天体がいくつも浮かんでいて、それらが放つ淡い光が、遺跡の壁面に反射して万華鏡みたいにキラキラと踊っている。

「……夢じゃない。エネルギーの転移、それも極めて高度な座標指定による強制的な移動だ。海底遺跡のエネルギーが、空の航路を形成するのと同時に、この『器』を起動させたんだと思う」

海斗は、へたり込んだ状態からなんとか立ち上がると、震える手で愛用の潜水日誌を抱え直した。その瞳には、恐怖よりも、解明すべき謎に対する狂おしいほどの好奇心が宿っている。
……あーあ、やっぱりこの人、考古学のことになると周りが見えなくなるんだから。

「でも、海斗。これ、どうやって帰るのよ? あたし、明日、凪子さんのところで新作の『海風イチゴ大福』の試食会がある予定なの! それを食べないと、あたしの人生のモチベーションが完全にマイナスになっちゃう!」

「……そんな状況で、食欲の話か。君には呆れるよ」

「失礼ね! 空の上で餓死したら、それこそ宇宙の塵になっちゃうでしょ!」

海斗は「やれやれ」といった風に肩をすくめたけれど、その視線はすでに遺跡の奥へと向けられていた。

ふと、さっきからあたしの鼻腔をくすぐっている「あの匂い」が、また強くなった。
焼きたてのパンの香ばしさ、とろけるようなキャラメル、それに、完熟した果実が弾けるような瑞々しい甘み。
それは、ただの匂いじゃない。まるで、目に見える形を持ってあたしを誘っているみたいに、濃厚で、抗いがたい魅力に満ちている。

「……ねえ、海斗。あの匂い、気づいてる?」

「……ああ。高濃度の糖分と、未知の有機化合物が混ざり合ったような……。少し、不自然なほどに甘いな」

海斗の言葉通り、この無機質なはずの遺跡から、どうしてこんなに美味しそうな香りが漂ってくるのか、まったく理解できない。
でも、あたしの胃袋は、すでに「答え」を出していた。
『これは、絶対においしいやつだ』って。

あたしたちは、吸い寄せられるように、香りの源流を辿って歩き始めた。
クリスタルの床を歩くたびに、コツ、コツと、澄んだ音が響く。
やがて、遺跡の大きなアーチをくぐり抜けると、そこには見たこともない光景が広がっていた。

「……うそ、でしょ……」

あたしは、思わず息を呑んだ。

そこは、まるで空に浮かぶ巨大な温室のような、ドーム状の広場だった。
中心には、透き通ったクリスタルの台座があり、その上に、何層にも重なった「何か」が鎮座している。

それは、パフェだった。

いや、パフェなんて言葉じゃ到底足りない。
雲のようにふわふわとした、淡い桃色のクリーム。
星屑を散りばめたような、キラキラと輝く琥珀色のゼリー。
そして、その頂点には、青い羽根のような形をした、宝石のように美しい果実が添えられている。

「……これは、まさか……」

海斗が、呆然とした声を漏らす。
彼は、考古学的な視点からその構造を分析しようとしているみたいだけど、あたしの視点はもっと直感的で、もっと切実だ。

「海斗……あれ、食べていいのかな? 遺跡の罠とか、毒とか、そういうのじゃなくて……?」

「……冷静になれ、陽葵。未知の文明が残した供物(くもつ)かもしれない。安易に手を出すのは危険だ」

「でも、見てよ! あの果実、まるで今にも弾けそうなくらい瑞々しいじゃない! あんなの見せつけられて、何もせずに通り過ぎるなんて、あたしには無理よ!」

あたしは、海斗の制止も聞かずに、一歩、また一歩と台座へと近づいていく。
香りはさらに強くなり、あたしの理性を、甘い霧のように包み込んでいく。
まるで、この遺跡そのものが、あたしに「食べなさい」と言っているみたいだ。

「陽葵、待て! まだ解析が――」

海斗の声が遠のく。
あたしは、吸い寄せられるように、その「パフェ」へと手を伸ばした。

指先が、冷たくて、けれど柔らかいクリームに触れる。
その瞬間、遺跡全体が、低く、心地よいハミングのような音を立てて震えた。

「あ……」

あたしは、誘惑に勝てず、スプーン――といっても、どこからともなく現れた、透明な結晶の匙だったけれど――で、その果実をひと口、口に運んだ。

「……っ!!」

衝撃だった。
口に入れた瞬間、果実が弾け、濃厚な蜜が舌の上で踊り狂う。
それは、ただの甘さじゃない。
太陽の光をそのまま凝縮したような輝かしさと、夜の静寂を溶かし込んだような深いコク。
さらに、その後に続くクリームが、雲のように軽やかに、けれどバターのような濃厚さで、すべてを優しく包み込んでいく。

「おいしい……おいしすぎるよぉ……!!」

あたしは、思わず涙が出そうになった。
こんなの、島で食べてきたどんなスイーツよりも、ずっと、ずっと贅沢だ。
脳細胞のひとつひとつが、甘い幸せで満たされていくのがわかる。

「……陽葵! 大丈夫か!?」

慌てて駆け寄ってきた海斗が、あたしの顔を覗き込む。
あたしは、口の周りにクリームをつけたまま、満面の笑みで彼を見た。

「海斗! これ、食べてみて! 宇宙の味がするよ!」

「……君は、本当に……」

海斗は、深く、深いため息をついた。
けれど、その瞳は、あたしが食べているその「供物」を、否定しきれないものを見るような、複雑な色を帯びていた。

しかし、感動的な(?)試食タイムは、長くは続かなかった。

ガガガッ、と、不快な機械音が、ドーム内に響き渡ったのだ。

「……っ! 陽葵、離れろ!」

海斗が、あたしの肩を掴んで、強引に後ろへ引き寄せた。
見上げると、ドームの天井、星図が描かれたクリスタルの壁面に、あの不吉な「赤い警告マーク」が、激しく点滅している。

『警告。未知の生体反応を検知。エネルギー循環の乱れを確認。――防衛プロトコル、起動』

無機質な、けれどどこか透き通った声が、頭の中に直接響いてきた。
それと同時に、広場の四隅にある柱から、青い光の筋が放たれ、あたしたちを包囲するように展開していく。

「な、何これ!? 食べ物食べて怒られたの!? あたし、何か悪いことした!?」

「違う! 食べ物が、遺跡のエネルギー管理システムの一部だったんだ! 君がそれを摂取したことで、エネルギーの均衡が崩れたんだよ!」

海斗の分析は、的を射ている。
あたしが食べたあのパフェは、単なるおやつなんかじゃなかった。
この遺跡を動かす、極めて純度の高い、エネルギーの結晶だったのだ。

「防衛プロトコルって……つまり、あたしを排除しようとしてるってこと!?」

「その可能性が高い。……陽葵、僕の指示に従って。あの光の柱を避けながら、中央のコンソールへ向かうんだ!」

「コンソールって何よ! 走るの!? 走るしかないの!?」

「ああ、全力でだ!」

あたしたちは、走り出した。
足元には、さっきまであんなに美味しかったはずの、甘い香りの残滓が漂っている。
けれど、今はその香りが、まるで獲物を誘い出す罠の匂いのように感じられて、背筋が凍る。

背後から、青い光の矢が、地面を削りながら迫ってくる。
クリスタルの床が、弾けるように砕け散る。

「海斗、これ、どうなったらいいのよー!」

「諦めるな! 星図のパターンを読み解けば、必ず回避ルートがあるはずだ!」

「そんなの、走りながらじゃ無理だよ!!」

全力疾走。
心臓が、口から飛び出しそうなほど激しく鼓動している。
でも、不思議と怖くはなかった。
だって、隣を走る海斗の、必死に、けれど冷静に指示を出す横顔が、妙に頼もしく見えたから。

そして、何より――。

(……でも、あのお菓子、もう一口だけ食べておけばよかった……!)

そんな、絶望的な状況下での、あまりにも場違いな後悔が、あたしの頭をよぎった。

「……あ、そうだ海斗! もし、ここを脱出できたら、次はもっと大きいパフェ、探さないとね!」

「……君の優先順位は、本当に、宇宙規模で狂ってるよ!」

海斗の鋭いツッコミが、空っぽの広場に響く。
あたしたちは、光の奔流を掻い潜りながら、未知なる遺跡の核心へと、命懸けの突入を開始した。

その時、あたしはまだ知らなかった。
この「甘い罠」の先に、この世界の運命を左右する、残酷で、けれど星のように美しい真実が待ち受けていることを。

この話は、読者の評価(★5.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

3,664文字 ・ 2026-10-28 11:15 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it