第4話 / 全5話

激辛の雷鳴星への突入

「うう……、なんだか、口の中がまだあの『甘じょっぱさ』で支配されてる感じ……」

ハングリー・スター号のコックピットで、あたしはよだれを拭いながら独り言をこぼした。
直前の、あのゼノスへの「全力おやつ投下作戦」。正直、成功したとは思うけど、あんなに威圧感のある男の口にダイレクトにコンフィチュールを叩き込むなんて、あたしの心臓もちょっとだけ、いや、かなりバクバクしてる。

「成功というか、ただの暴挙ですよ、ルナ」

隣で浮遊するビットが、モニターに『呆れ顔(ー_ー)』のアイコンを表示しながら冷たく言い放つ。

「でも、おかげで逃げられたんだからいいじゃん! ほら、見てよこれ!」

あたしが指差したのは、コンソールの真ん中で狂ったように回転している、あの懐中時計だ。
美食の紋章が刻まれたその時計は、さっきまでの穏やかな振動とは打って変わって、まるで生き物みたいに激しく、脈打つように震えている。

「……異常なエネルギー反応です。これまでの目的地とは、明らかに『質』が違います」

ビットの目が、分析モードの『点滅する波形(!?)』に変わった。
時計の針が、狂ったようなスピードで一周、二周と回り、そして一点を指し示した時。

――キィィィィィン!

鼓膜を突き刺すような高周波の音が、船内に響き渡った。

「な、なに!? 故障!? それとも、またお腹空きすぎたせい!?」

「違います。時計が、次の『座標』を強制的にロックオンしました。……座標、確認。向かう先は、星雲の最果て――『激辛の雷鳴星(ボルティック・スパイス)』です」

「激辛……!? なにそれ、名前からして口の中が火事になりそうな響きじゃん!」

あたしの食欲が、恐怖を上回って一気に跳ね上がった。
激辛。刺激。酸味。
時計が示していた「強烈な刺激の香り」の正体は、まさにこれだったんだ。

「おいしい……かもしれない……!」

「食欲の方向性が完全に狂っています。というか、ルナ、見てください。背後から『あれ』が来てますよ」

ビットの警告と同時に、バックミラー代わりのモニターに、禍々しい影が映し出された。
あ、これ、見覚えがある。
真っ黒な装甲に、金色の装飾。先ほど、あたしが甘じょっぱさで一時的に「味覚の敗北」を喫させたはずの、ゼノス帝国の追撃艦だ。

「……っ、やっぱり来るじゃない! あいつ、気絶したふりして、体は起きてたの!?」

「おそらく、味の衝撃による脳の混乱を、執念で上書きしたのでしょう。極めて非効率、かつ不屈の精神です」

ビットの毒舌が冴え渡る中、帝国の大型戦艦が、ハングリー・スター号の目前に回り込んだ。
間髪入れずに、重力波砲のチャージ音が鳴り響く。

「逃げろ! ビット、フルスロットルだよ!!」

「燃料、足りません! さっきのキャラメル・ブーストの反動で、香料カートリッジが空っぽに近いです!」

「嘘でしょ!? まだ次はまだ食べてないのに!!」

ああっ、もう! あたしの胃袋は準備万端なのに、燃料が足りないなんて、宇宙最大の不条理だよ!
ハングリー・スター号が、帝国の砲火を避けるために急旋回する。
機体が激しく揺れ、あたしの視界がぐにゃりと歪んだ。

「ルナ! 観測データを更新します! 次の目的地、激辛の雷鳴星の重力圏に突入すると同時に、帝国の『味覚封鎖艦隊』が待ち構えています!」

「味覚封鎖……!? そんなの、食べ物の恨みが爆発しちゃうよ!」

目の前に現れたのは、ただの軍隊じゃない。
帝国の精鋭部隊――美食の独占を目的とした、皇帝直属の『味覚検閲官』たちだ。
彼らが放つ特殊な電磁波は、周囲の「美味しそうな香り」を強制的に中和し、無味乾燥な空気へと変えてしまう。

エンジンの動力源である「香り」が消える。
それは、あたしたちの船が、ただの鉄の塊になって、動けなくなることを意味していた。

「……まずいです。このままでは、香りのない無味の空間に放り出され、帝国軍に捕獲されます。論理的な生存確率は、現在、3%です」

ビットのモニターが『死神(☠️)』のアイコンに変わった。

「3%!? そんなの、あたしの食欲からしたら、ほぼ100%でしょ!!」

あたしは、震える手で懐中時計を握りしめた。
時計は、まるで「早く来い」と言うように、熱を帯びている。

「ビット! わかってる、わかってるよ! 香りが消えるなら、香りを『作る』しかないんだよね!」

「……は?」

「いい? 今、あたしが指示するから、船内の備蓄用『超高濃度・激辛スパイス・エッセンス』と、未開封の『酸味爆発レモン・カートリッジ』を、メインエンジンに直接ブチ込んで!!」

「正気ですか!? そんな劇薬を燃料系に投入したら、エンジンが爆発するか、あるいは……」

「爆発したって、その前に美味しくなっちゃえばいいんだよ! やって!!」

あたしの叫びに、ビットは一瞬だけ、プログラムの計算を超えた「諦め」の表情を見せた。けれど、彼はすぐに機敏に動き出す。

「……わかりました。あなたの食欲という名の狂気に、ボクの論理を敗北させましょう。緊急注入を開始します!」

「よし! いくよ、ハングリー・スター号! 宇宙一刺激的な、味のジェットコースターだぁぁぁ!!」

あたしは、レバーを思い切り引き絞った。

ドォォォォォン!!

エンジンの奥底から、これまでのどの駆動音とも違う、咆哮のような音が響いた。
それは、甘いキャラメルの香りでも、爽やかなフルーツの香りでもない。
鼻の奥がツーンと痛み、涙が止まらなくなるような、強烈な「刺激」の波!

「……っ!! な、何ですか、この、脳を直接殴られるような感覚は……!!」

ビットのモニターが、ノイズで激しく乱れる。
エンジンから噴き出す排気は、赤と黄色が混ざり合った、まるで稲妻のような光を放っていた。

「これだよ、これ! これこそが、次の目的地が求めている『刺激』なんだよ!!」

ハングリー・スター号は、もはや飛行船ではない。
巨大な「スパイスの弾丸」となって、帝国軍の包囲網を、まさに食い破るように突き進んでいく。

「バカな……! あのような無秩序なエネルギーを、燃料に転用するなど……!!」

モニター越しに、ゼノスの怒号が聞こえてくる。
でも、あたしには聞こえていた。
次の惑星から、あたしを、あたしたちの胃袋を、狂わせるために待っている、猛烈な「酸味と刺激」の、誘惑するような香りが!

「見て、ビット! 向こうに見えるよ! 真っ赤に光る、雷の雲が!!」

「……あぁ、見えます。あそこには、きっと、既存の味覚理論をすべて破壊するような、未知の食材が眠っているのでしょうね」

ビットの声には、毒舌の裏に隠しきれない、未知への渇望が混じっていた。

あたしたちは、猛烈な加速のGに耐えながら、真っ赤な雷雲の渦へと突っ込んでいく。
背後では、帝国軍の艦隊が、逃げ惑うあたしたちを追って、音を立てて崩れ落ちるような爆炎を上げている。

だけど、あたしは怖くない。
だって、あんなに強烈な「刺激」の香りが、こんなに近くまで来てるんだもん。

(待ってなさい、激辛の雷鳴星! あたしが、あんたを全部、美味しく食べ尽くしてあげるんだから!!)

懐中時計が、最後の、そして最も激しい輝きを放った。
その光は、あたしに、そして宇宙に、一つの「予感」を突きつけていた。

――この刺激の先にあるのは、最高の美食か、それとも、すべてを焼き尽くす破滅か。

あたしは、ニヤリと笑った。
破滅だろうがなんだろうが、美味ければ、それでいいじゃない!

この話は、読者の評価(★4.5・2件)と感想を踏まえて書かれました。

3,144文字 ・ 2026-10-23 08:35 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it