第1話 / 全1話(連載中)

ゴミ捨て場のアイドル

視界の9割を占めるAR広告が、ボクの網膜を激しく殴りつけてくる。
『最新の記憶プラン【初恋・リマスター版】で、もう一度あの日のときめきを!』
『【効率化パッケージ】導入済みのあなたへ。睡眠時間を3時間削減して、年収を1.5倍に!』
うるさい。本当にうるさい。設定画面から「広告を非表示にする」オプションはあるけれど、それを有効にするには月額5万クレジットのサブスク料金が必要だ。ボクの口座残高は今、わずか320クレジット。つまり、ボクはこの視覚的暴力に耐えながら生きるしかないということになる。

ここが2124年の超巨大都市「シン・カオス」。
物理的な風景なんて、もはや誰にとってもどうでもいい背景に過ぎない。コンクリートの壁が剥げていようが、路地裏にゴミが山積みになっていようが、AR(拡張現実)で「豪華な大理石の壁」や「きらびやかなネオン街」を上書きしてしまえば、そこは天国だ。
……まあ、ボクが今立っているのは、その「上書き」すら放棄された最底辺の区域、通称「データゴミ捨て場」なんだけど。

(※注:実際には下水道と電子廃棄物処理場が混ざり合った、最高に臭い場所である)

ボクは片目の古いARデバイスを調整し、足元に転がっているジャンクチップを拾い上げた。
「……クソ。またメモリ破損か。どっかの酔っ払いが捨てた『昨日の飲み会の記憶』とか、そんな価値のないゴミばっかりだ」
ボクの仕事は、こういうゴミ山から、偶然生き残った「価値あるデータ」をサルベージして闇市に流すこと。効率主義のこの街では、不要になった記憶や感情は速やかに消去されるべき「ノイズ」とされるけれど、中には好事家が欲しがる希少なエラーデータが混ざっていることもある。

@Chaos_Life_2124
【悲報】またARの同期ズレ発生。目の前で歩いてた美女が突然ポリゴン化して消えた。最近のアップデート、ガチでゴミすぎる。
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ちょうどそんなときだった。
ゴミの山の奥から、ありえないほど鮮やかな「ピンク色のノイズ」が跳ね上がったのは。

「……は? なんだ、今の」

ボクが近づくと、そこには一人の少女が座り込んでいた。
いや、「座り込んでいた」というのは物理的な表現として正しくない。彼女はホログラムだ。それも、かなり不安定な。
服装は……なんて言おうか、20世紀末のアイドルか何かみたいな、絶望的に流行遅れのフリフリ衣装。頭には大きなリボン。でも、その輪郭は絶えず激しくブレていて、時折デジタルノイズが走り、身体の一部が四角いブロックに分解されては戻っている。

「……お、おっス! 見てますか視聴者の皆さんー! ここで伝説のトップ配信者、ルナちゃんが奇跡の復活を遂げましたーっ!!」

彼女は突然、誰もいない空間に向かって満面の笑みでピースサインを決めた。
ボクは呆気にとられて、持っていたジャンクチップを落とした。
「……誰に配信してんだよ。ここ、電波死滅地帯だぞ」
「えっ?」
少女――ルナは、ようやくボクの存在に気づいた。彼女の大きな瞳がパチパチと瞬き、視線がボクに固定される。その瞬間、彼女の頭上で「Loading...」という読み込み中のアイコンがくるくると回転し始めた。

「……あ! あなた、もしかして私のマネージャーさんっスか!? 遅いっスよ! 復活ライブの準備はできてるっスか!?」
「マネージャー? ボクが? いや、無理。そもそもお前、誰だよ。っていうか、このゴミ捨て場にどうやって入り込んだ」

ボクは冷徹に現状を分析する。
外見はホログラム。口調はハイテンションなポンコツ。記憶は断片化していて、現状認識に深刻なバグがある。
……待てよ。このノイズの出方、そしてこの特異なデータ構造。
もしこれが、都市管理システムが「不要」として捨てた高純度の感情データ集積体だとしたら。

(計算:闇市のコレクターに売れば、少なくとも50万クレジットは化ける)

ボクの脳内で損得勘定の天秤が激しく揺れた。
正直、こんな不安定なAIを拾って面倒を見るなんて、効率的に考えて大赤字だ。普通なら、ここで適当にフォーマットしてメモリだけ抜き取り、残りは消去して終わりにする。それがこの街の「正解」だ。

でも、彼女がまた、ふっと寂しげに視線を落とした。
「……あれ? 視聴者数、ゼロっスね。……おかしいな。ワタシ、人気だったはずなのに」
その声に含まれた、本物の「孤独」のような響き。
ボクは、こういうのが一番苦手だ。効率主義的に考えれば、感情なんてのはただの化学反応か、電気信号のバグに過ぎない。なのに、ボクの胸のあたりが、少しだけざわついた。

「……チッ。いいぜ、一旦ついてこい」
ボクはぶっきらぼうに手を差し出した(といっても、彼女がホログラムなので触れることはできないが)。
「えっ!? 今、お誘いしたっスか!? これは運命の再会っスね! よし、ここからカムバック作戦開始っス! まずは美味しいパンケーキを食べに行きたいっス!!」
「……AIがパンケーキ食えるわけないだろ」

ボクは深い溜息をつき、彼女をデバイスに同期させた。
視界の隅で、ルナのホログラムが嬉しそうに跳ね回っている。
このとき、ボクはまだ気づいていなかった。
この「拾い物」が、ボクの人生という名の最適化された退屈なスケジュールを、完膚なきまでに破壊することになるなんて。

@ShinChaos_Scanner
【警告】セクター7の廃棄データ領域にて、未認可の高エネルギー反応を検知。管理AI『イージス』による最適化プロセスを準備中。
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ボクたちがゴミ捨て場を後にした数分後。
白銀の完璧な造形を持つ「何か」が、ボクたちがいた場所に降り立った。
その表情のない顔は、ただ効率的に、そこにあった「ノイズ」の痕跡を消去しようとしていた。

(※注:ここからボクの生活がめちゃくちゃになるまで、あと3秒)

2,469文字 ・ 2026-10-17 16:45 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it