第4話 / 全4話(連載中)

甘い秘密と氷の仮面

「――あ、佐倉さん! 瀬戸くんじゃない!」

聞き慣れた、明るすぎる声が、背後から響いた。
あたしと瀬戸くんの体が、同時に、凍りついた。

振り返ると、そこには、満面の笑みを浮かべた、あたしの親友――望月結衣が立っていた。

「二人で、何してるのーっ!? もしかして、デート!?」

「…………っ!!」

瀬戸くんの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
あたしの心臓は、さっきのタルトよりも、ずっと激しく、爆発しそうだった。
絶体絶命。
あたしたちの「秘密」が、今、音を立てて崩れようとしていた。

だって、学校での瀬戸くんは「氷の王子様」なんだよ? 近寄り難いオーラを全開にして、女子生徒からの憧れの視線を涼しい顔でスルーし続ける、歩く絶対零度。そんな彼があたしみたいな食いしん坊な女子と、放課後に二人きりで街を歩いているなんて。
もしこれが広まったら、瀬戸くんの「完璧なイメージ」は崩壊するし、あたしは「王子様を攻略した女」として、女子たちのターゲットにされるに決まっている。想像しただけで、背筋に冷たいものが走った。

「え、あ、いや! これは、その!!」

あたしがパニック状態で身振り手振りを繰り出すと、隣で瀬戸くんが、ひどく不自然な速さで「王子様」の仮面を装着した。
彼はスッと背筋を伸ばし、冷徹なまでに冷静な瞳で結衣を見た。

「……誤解だ。望月さん」

「えーっ!? だって、雰囲気めっちゃいいし! 今、なんかいい感じの空気だったよね!?」

「空気? 何を言っているんだ。僕は今、佐倉さんに『効率的な学習計画の策定』について、口頭で指導していただけだ」

(……はぁ!?)

あたしは心の中で盛大にズッコケた。
学習計画? 指導? いつの間にそんな方向に舵を切ったの!? しかも口調が、完全に「意識高い系のお勉強ロボット」になってるじゃない!

「えー、瀬戸くんが佐倉さんに勉強教えてたの? 意外ー! でも、歩道橋の上で勉強指導って、ちょっと情熱的すぎない?」

結衣の追求は止まらない。彼女の情報収集能力と洞察力は、クラスの誰よりも高い。ここで適当な嘘をついて切り抜けるのは無理がある。
あたしの脳細胞がフル回転する。何か、何か結衣が納得する、かつ瀬戸くんのプライドを傷つけない言い訳を!

その時、あたしの視界に、路地裏の看板が飛び込んできた。
そこには、期間限定の『超特大・完熟マンゴーパフェ』の写真が。

「あ! そうだ結衣! それより見てよ、あのお店! 今だけ限定のマンゴーパフェが出てるんだって! あたし、ずっと気になってたんだけど、一人じゃ恥ずかしくて入れなくて……」

あたしは結衣の腕を強引に引っ張り、看板の方へ向けさせた。
結衣の目が、一瞬で「恋バナモード」から「スイーツハンターモード」に切り替わる。

「えっ、マジ!? あの店、予約困難っていう噂の……! え、今から入れるの!?」

「たぶん! ねえ、一緒にいかない? 瀬戸くんは勉強の指導が終わったから、もう帰るみたいだし!」

あたしが瀬戸くんをチラリと見ると、彼は(助かった……)と言わんばかりに、小さく、本当に小さく頷いた。
結衣は、マンゴーパフェの破壊力に完全に心を奪われていた。

「いいじゃん! 行こう行こう! 瀬戸くん、バイバイー!」

結衣は振り返りもせず、あたしに手を引かれて店へと突き進む。
その背中を見送った後、あたしは猛ダッシュで結衣を店に押し込み、店員さんに「あ、すみません! あたし、急に忘れ物を思い出したので!」と叫んで、店から脱出した。

……というわけで、あたしは結衣を一人でパフェ店に残し、全力で逃走した。
親友への罪悪感は、後で最高級のチョコを贈って償おう。今は、目の前の「氷の王子様」の生存確認が優先だ。

「……ふぅ」

路地裏の暗がりに逃げ込み、あたしたちは同時に大きなため息をついた。
瀬戸くんは壁に背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

「……心臓に悪いな」

「本当だよ! もう、心停止するかと思ったし! っていうか、学習計画って、ひどすぎない!? あたしがあんなに勉強できないの、クラスのみんな知ってるよ!?」

「……最短ルートで、最も『ありそうな嘘』を構築した結果だ。君が勉強に熱心だと思われて、プラスになるだろう」

「なるわけないじゃん!!」

あたしがツッコミを入れると、瀬戸くんはふっと視線を落とした。
その表情から、先ほどの「王子様」の仮面が剥がれ落ちている。
代わりにそこにあったのは、ひどく疲れ切った、年相応の少年の顔だった。

「……ごめん。僕が、こういう風に振る舞っていないと、困る人がいるから」

「……困る人?」

あたしが聞き返すと、瀬戸くんはしばらく黙っていた。
オレンジ色の街灯が、彼の長い睫毛に影を落とす。

「……僕の家はな、代々、教育に厳しい家系なんだ。親も、親戚も、みんな僕に『完璧』であることを期待している。成績、立ち振る舞い、交友関係……すべてにおいて、一点の曇りもない『模範』であることを求められる」

彼の声は、静かで、どこか寂しげだった。
学校でのクールな態度は、単なる性格ではなく、彼が自分を守るための、あるいは誰かの期待に応えるための「鎧」だったんだ。

「……だから、誰にもバレちゃいけないんだ。僕が、甘いものに目がなくて、それを食べている時にだけ、自分が自分になれるっていう……そんな、くだらない弱みを」

(くだらなくないよ……)

あたしは、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
完璧であることの心地よさなんて、あたしにはわからない。
でも、誰にも言えない秘密を抱えて、ずっと一人で戦ってきた彼の孤独は、なんとなく想像できた。

「……弱みじゃないよ。それは、瀬戸くんの『宝物』でしょ」

あたしがそう言うと、瀬戸くんは驚いたように顔を上げた。
その瞳に、小さな光が宿る。

「……宝物、か」

「そうだよ! 美味しいものを食べて、『うひょー!』ってなる気持ちは、世界で一番尊いんだから! あたしが、その宝物を一緒に守ってあげる。だから、そんなに悲しい顔しないでよ」

あたしがわざと明るく笑って、彼の肩をポンと叩く。
瀬戸くんは一瞬呆気にとられた後、ふっと口角を上げた。

「……君は、本当に、お節介な人間だな」

「あはは! 最高の褒め言葉として受け取っとくね!」

気まずい空気は消え、いつもの軽快なリズムが戻ってきた。
でも、あたしの心の中には、彼に対する感情が、さっきまでとは違う形で積み上がっていた。
ただの「スイーツ仲間」だけじゃなくて、もっと、彼という人間を深く知りたい。その「鎧」の下にある、本当の彼を、あたしだけが知っていたいと思うようになった。

「……さて。気分転換に、もう一軒行こうか」

瀬戸くんが、不意に提案した。

「えっ!? まだ食べるの!? あたしの胃袋をなめないでよね!」

「ふん。次のお店は、君の『直感』を試すのにぴったりな店だ。……論理的な分析では到達できない、究極の『苦味と甘味の調和』を追求している店がある」

「……っ! その言い方、あたしの食欲を刺激しすぎ!!」

彼が案内したのは、さらに路地を奥へ進んだ先にある、『ノワール・エ・ブラン』という小さなショコラトリーだった。
看板も出ていない、知る人ぞ知る隠れ家的なお店。

店内に足を踏み入れると、濃厚なカカオの香りが、あたしたちを優しく包み込んだ。
あたしたちが注文したのは、店主おすすめの『塩キャラメル・ダークショコラタルト』。

運ばれてきたタルトは、まさに芸術品だった。
漆黒に輝くダークチョコレートのムースの上に、黄金色のキャラメルソースが美しく波打ち、その頂点に一粒の大きな岩塩が鎮座している。

「……いただきます!!」

あたしは我慢できずに、フォークを突き立てた。
口に入れた瞬間、まず強烈なダークチョコの苦味が舌を突き抜ける。でも、その直後に、とろりと濃厚なキャラメルの甘さが追いかけてきて、最後の一撃として岩塩の塩味が全体をキリッと引き締める。

「っ……!!」

あまりの衝撃に、言葉が出ない。
苦い、甘い、しょっぱい。
その三つの味が、口の中で激しくぶつかり合いながら、最後には完璧なハーモニーとなって溶けていく。
それはまるで、今のあたしたちの関係みたいだ。
パニックになったり、喧嘩したり、でもどこかで通じ合っている。

「……どうだ。論理的な予想を裏切る味だろう」

隣を見ると、瀬戸くんも、至福の表情でタルトを頬張っていた。
彼の頬が、ほんのりと緩んでいる。

「最高……! この塩気が、甘さを最大限に引き出してるね!」

「ああ。不純物を取り除いた純粋な甘さよりも、こうして相反する要素が共存している方が、人間らしい味だと思う」

ふと、彼が言った言葉に、あたしはドキリとした。
「人間らしい味」。
彼は、あたしと一緒にいることで、少しずつ、自分の「人間らしさ」を取り戻そうとしているのかもしれない。

幸せな沈黙が流れる。
チョコの濃厚な余韻に浸りながら、あたしはふと思った。
もし、この秘密の関係が、いつまでも続いたらいいのに。

でも、そんなときだった。
店を出たあたしたちのスマートフォンに、同時に通知が届いた。

結衣からだ。

【速報!!!!!】
【マンゴーパフェ最高だったけど、なんか納得いかない!! 佐倉、あんた絶対何か隠してるでしょ!? 明日、学校でじっくり問い詰めるから覚悟しなさいよーーー!!!(怒)】

「…………げっ」

あたしの口から、情けない声が漏れた。
隣でスマホを見た瀬戸くんが、絶望したように天を仰いでいる。

「……学習計画の指導を、さらに強化しなければならないな」

「無理だってば!!」

あたしたちの「甘い秘密」は、まだ始まったばかり。
けれど、その行く手には、親友という名の最強の追跡者が待ち構えていた。

そして、あたしたちはまだ気づいていなかった。
この騒動の先に、空に浮かぶ赤い月――月食の夜が近づいていることを。
その夜、あたしたちが、本当の意味で「完璧な仮面」を脱ぎ捨てることになるということを。

この話は、読者の評価(★4.0・2件)と感想を踏まえて書かれました。

4,206文字 ・ 2026-10-20 06:18 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it