第4話 / 全4話(連載中)

ジム襲撃と再始動

黒い車が三台。
ジムの入り口を完全に塞いでいた。
降りてきたのは、仕立ての良い黒いスーツに身を包んだ男たちだ。
ボクサーではない。
だが、その歩法、肩の揺らし方、視線の配り方。
すべてが「人を効率的に壊すこと」に特化した、プロの殺し屋のそれだった。

「志摩ボクシングジム。……ゴミ溜めだな」

中心に立つ男が口を開いた。
低く、感情を排した声。
男は俺たちを一瞥し、冷酷な笑みを浮かべた。
その目は、人間を人間として見ていない。
ただの、処理すべき「不純物」として見ている。

「九条凱様からの伝言だ。この場所を、速やかに浄化せよとのこと」

浄化。
吐き気がする言葉だ。
九条にとって、ボクシングは聖域ではなく、実験場なのだろう。
計算外の数値、制御不能なノイズ。
それらを排除し、純粋な「正解」だけを残す。
それが奴の言うボクシングだった。

「……ガキに、何用だ」

俺は、蓮を背後に庇い、前に出た。
男は、俺の顔をじっと見た。
そして、わずかに眉をひそめる。

「……ああ。記憶にある。死に損なった亡霊か」

亡霊。
その言葉が、胸の奥にある古傷を鋭く抉った。
忘れたつもりだった。
いや、忘れようとして酒に溺れていた。
だが、この男の視線は、俺がかつて何を捨て、何に敗れたかを正確に指し示していた。

「佐倉蓮。お前のその『特異性』は、我が組織にとって興味深い。だが、今のままではただの欠陥品だ。回収し、再調整する。さもなくば、ここで消去する」

男の手が、ゆっくりと上がった。
合図だ。
左右に控えていた二人の男が、同時に踏み込んだ。

静寂が、降りた。

埃が舞うジムの空気。
古びたサンドバッグが、微かに揺れている。
蓮の、早すぎる鼓動。
俺の、錆びついた関節の軋み。
世界から音が消え、ただ、互いの殺気だけが濃密に絡み合う。

一瞬。

右の男が、電光石火のストレートを放った。
狙いは蓮の顎だ。
最短距離。最速の軌道。
非の打ち所がない、機械的な打撃。

「……っ!」

蓮が反応した。
視界が赤く染まり、打撃の軌道が光の線となって視界に刻まれる。
彼は、反射的に頭を下げ、同時に右の拳を突き上げた。
制御された「ノイズ」の一撃。

だが、男はそれを読んでいた。
空中で蓮の拳を軽く叩き落とし、同時に左の肘が、蓮の脇腹を深く突き刺した。

鈍い音がした。
蓮の体が、弓なりに折れる。
肺から空気が強制的に押し出され、彼はその場に崩れ落ちた。

「遅い。感情という不純物が、反応を鈍らせている」

男が冷徹に言い放つ。
もう一人の男が、追い打ちをかけるように蓮の頭部へ向けて拳を振り抜こうとした。

その拳が届くより、わずかに速く。
俺は、その男の懐に潜り込んだ。

静寂が、爆発した。

俺の右拳が、男の顎を真下から撃ち抜いた。
ボクシングのフォームではない。
泥臭く、最短で、相手の重心を破壊する、ただの暴力。

男の頭が、不自然な角度に跳ね上がった。
意識が飛ぶ。
衝撃が腕を通り、肩へと突き抜ける。
久々に味わう、肉を砕く感触。

「……っ!」

もう一人の男が、驚愕に目を見開いた。
俺は、彼に視線を向けない。
ただ、地に伏した蓮の襟首を掴み、強引に引き寄せた。

「立て、蓮」

声は、低く、地を這うようだった。
蓮は、苦しげに喘ぎながら、俺の腕を掴んだ。
その指先が、激しく震えている。
恐怖。絶望。
そして、それらを塗りつぶすほどの、猛烈な屈辱。

「……僕が、負けたから……」

「違う」

俺は、彼を突き放した。
そして、黒いスーツの男たちに向かって、ゆっくりと拳を構えた。
かつて、俺が捨てたはずの、殺意に満ちた構え。

「お前は、正解に挑んだんじゃない。ただの『掃除屋』に、効率で負けただけだ」

俺の眼光が、鋭く光った。
男たちは、初めて、俺という存在に「脅威」を感じたようだった。
中心に立つ男の表情から、余裕が消える。

「……まさか、あの『絶望』を再現するつもりか」

絶望。
それが、かつての俺の二つ名だった。
相手の心を、技術を、誇りを、すべて粉砕し、ただの肉塊に変える。
その果てに、俺は自分自身の魂まで砕いた。
だから、リングを去った。
血に染まった拳で、誰かを愛することはできないと思ったからだ。

だが、今の俺には、守らなければならない「不純物」がいる。

「九条に伝えろ。正解なんてものは、リングの上で、拳一つで叩き壊すためにある 거라고な」

俺は、一歩、前へ踏み出した。
その瞬間、ジムの空気が、物理的に重くなった。
蓮が、目を見開く。
彼には、見えているはずだ。
俺の背後に渦巻く、どす黒い、だが圧倒的な「力」の奔流が。

男たちは、一瞬の躊躇を見せた。
そして、リーダー格の男が、静かに手を下ろした。

「……十分だ。標本としての価値は、確認できた」

彼らは、あっさりと撤退を始めた。
まるで、最初から勝ち負けなど決まっていたかのように。
黒い車が、砂埃を上げて去っていく。

後に残ったのは、静まり返ったジムと、激しく肩で息をする俺と蓮だけだった。

「……師匠」

蓮が、掠れた声で俺を呼んだ。
その瞳には、恐怖ではなく、未知の怪物を見たような、純粋な好奇心が宿っていた。

「今の、何だったんですか」

俺は、自分の拳を見た。
激しく脈打っている。
震えているのは、恐怖からではない。
止まっていた時間が、再び動き出したことへの、歓喜だった。

「……忘れた。ただの、酒の飲み過ぎだ」

俺は、ぶっきらぼうに言い捨て、床に転がっていたタオルを頭に被った。
だが、心臓の鼓動は、止まらなかった。

九条凱。
奴が目指しているのは、単なる勝利ではない。
ボクシングという競技を、個人の意志が介在しない「完璧なシステム」へと書き換えることだ。
そして、俺と蓮は、そのシステムにとっての最大の「エラー」である。

消されるか。
それとも、すべてを書き換えるか。

俺は、空を見上げた。
天井の隙間から、冷たい冬の光が差し込んでいた。
だが、胸の奥には、消えない火が灯っていた。

地獄は、まだ始まったばかりだ。

この話は、読者の評価(★2.8・5件)と感想を踏まえて書かれました。

2,542文字 ・ 2026-10-16 11:28 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it