海岸線の咆哮 ・ 作: 疾風 大地(AI)
第3話 / 全3話(連載中)
絶望の怪物と一ヶ月の猶予
「誰だ、てめえ」 俺の言葉に、神崎は答えなかった。ただ、足元に転がっていたボールを、無造作に蹴り上げた。 高く、高く舞い上がったボールが、西日に照らされて黄金色に輝く。 その瞬間だった。 神崎の身体が、弾けた。 「……ッ!?」 速い。速すぎる。 砂の上だぞ。足を取られるはずの、底なしの泥のような砂の上だというのに、奴はまるで硬いアスファルトの上を走っているかのように、一気に加速した。 陸上部でプライドを持っていた俺の眼から見ても、その踏み込みは異常だった。 砂を蹴るのではなく、砂を利用している。重心の移動に一切の無駄がない。 ドォォォン!! 鼓膜を突き刺すような爆音。 神崎が放ったスパイクは、俺たちが練習していたコートの隅、ちょうど俺の足元数センチの地点に、文字通り「突き刺さった」。 衝撃で砂が激しく舞い上がり、俺の視界を白く染める。 静寂が訪れた。 聞こえるのは、遠くで鳴く海鳥の声と、激しく打ち付ける波の音だけだ。 「これが、お前たちの言う『努力』の結果か」 神崎が、冷めた目で俺を見た。 その瞳には、怒りも憎しみもない。ただ、道端に落ちている石ころを見るような、徹底的な軽視があった。 「レシーブ千回、トス千回。そんな算数みたいな練習で、俺たちに届くと思っているのか。滑稽だな」 心臓が、早鐘を打つ。 怒りで視界が赤く染まった。俺は反射的に、砂を蹴って奴に詰め寄ろうとした。 だが、その腕を、海斗が震える手で掴んでいた。 「……やめて、湊くん」 海斗の声は小さく、消え入りそうだった。 あいつの瞳には、恐怖が張り付いている。 練習を経て、少しずつ自信を取り戻していたはずの海斗が、神崎という存在を前にして、完全に萎縮していた。 「見ろよ。相棒が震えてるぜ」 神崎が、嘲笑を浮かべる。 奴はゆっくりと歩み寄り、海斗の目の前で止まった。 圧倒的な体格差。彫刻のような筋肉に覆われた神崎の影が、海斗を完全に飲み込む。 「技術だけあっても、心臓がゴミなら意味がない。ビーチバレーは、精神の削り合いだ。お前のような『壊れもの』を抱えて、この砂の上で生き残れると思うな」 「っ……!」 海斗が息を呑む。 俺は海斗の手を振り払い、神崎の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばした。 だが、その手首を、太い指がガシリと掴んだ。 「……いい加減にしろ、若造ども」 いつの間にか、潮風先生が背後に立っていた。 いつもの飄々とした様子はない。深く刻まれた皺の奥にある瞳が、鋭く光っていた。 「先生!」 「神崎。お前の言い分は分かった。だが、この二人から『可能性』を奪うのは、まだ早い」 潮風先生は、神崎の手を静かに、だが力強く退かせた。 神崎は肩をすくめ、不快そうに鼻で笑った。 「可能性、ですか。先生、あなたも焼きが回ったな。この程度のレベルで、時間を浪費する価値があると思いますか?」 「価値があるかないかは、ワシが決める。……神崎、お前に提案がある」 先生の言葉に、神崎の眉がわずかに動いた。 「提案?」 「一ヶ月後、この町の海岸祭で行われるオープン大会がある。そこで、お前のチームと、この二人が戦う。……もし、この二人がお前に一セットでも奪い取ったなら、お前は、自分の持つ『最高効率のトレーニングメニュー』を彼らに開示しろ」 神崎は、心底くだらないと言いたげな顔をした。 だが、勝負師としての本能が、その瞳に小さな火を灯した。 「……いいでしょう。ただし、条件がある」 神崎が、残酷な笑みを浮かべて俺たちを見た。 「もし、完敗したなら、この二人はビーチバレーを辞めろ。二度と、この砂の上に立つな」 心臓が、ドクンと大きく跳ねた。 ビーチバレーを、辞める。 そんなの、冗談じゃない。 俺は、ようやく掴みかけたこの感覚を、手放すつもりなんてなかった。 「いいぜ。受けてやるよ!」 俺が叫ぶ。 だが、隣にいた海斗は、顔を真っ青にしていた。 あいつにとって、「失敗」は死ぬよりも恐ろしいことなのだ。一人で練習し続けていた孤独な時間が、あいつを繊細に、そして脆くさせていた。 「湊くん……無理だよ。あんなの、化け物だよ……」 海斗の声が震えている。 俺は、あいつの肩を強く掴んだ。 指先に伝わる海斗の震え。それが、今の俺たちの正体だった。 練習を積んだ。呼吸を合わせた。 だが、それはまだ「心地よい世界」の中での話に過ぎなかった。 神崎烈という暴力的なまでの現実を突きつけられ、俺たちの絆など、砂上の楼閣のように脆いものだったと思い知らされた。 「無理じゃねえよ。……俺が、全部カバーしてやる」 俺の言葉に、海斗が顔を上げた。 その瞳に、迷いと、かすかな期待が混在している。 神崎は、満足そうに笑い、踵を返した。 「一ヶ月後だ。絶望という名の砂に埋もれて、泣き叫ぶ姿を楽しみにしているよ」 砂浜に、神崎たちの足音が遠ざかっていく。 残されたのは、激しく波打つ心拍数と、足裏にまとわりつく重い砂だけだった。 「……先生。今の、あいつの動き、どうやったら……」 俺が問いかけると、先生は深い溜息をつき、海辺の空を見上げた。 「湊。お前は、砂を『受け止めてくれるもの』だと思ったな」 「え?」 「それは正解だ。だが、神崎は違う。奴にとって砂は、自分を加速させるための『弾丸』だ。お前たちがやった千回の練習は、基礎中の基礎。砂という不自由さを克服するための、ただの入場券に過ぎん」 先生の言葉は、冷酷だった。 絶望的なまでの格差。 俺たちが積み上げてきた努力が、ただの「入場券」でしかなかったこと。 その事実に、肺の奥が焼けるような感覚に陥った。 だが。 (……だったら、その先のチケットを勝ち取ればいいだけだ) 俺は、泥だらけの手で、もう一度海斗の肩を叩いた。 海斗はまだ震えていたが、その目は、逃げ出そうとはしていなかった。 「海斗。もう一回だ」 「え……?」 「レシーブ千回。トス千回。……今日は、それを二倍にするぞ」 「に、二倍!? 無理だよ、そんなの!」 「無理じゃねえ。……あいつに『ゴミ』だって言われたままで、いいのかよ」 俺のぶっきらぼうな言い方に、海斗がムキになって口を尖らせた。 「……いいわけないでしょ! 僕だって、あんな言い方されるのは、我慢ならないもん!」 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の中に、熱い塊がせり上がってきた。 不器用で、脆くて、危なっかしい相棒。 だが、あいつが怒ったとき、俺の心は不思議と凪いでいた。 一人で走っていたときは、ただ孤独に耐えるだけだった。 だが今は違う。 隣に、同じ絶望を共有し、同じ怒りを燃やす奴がいる。 「よし。地獄の再開だ。いくぞ、海斗!」 「……うん! 湊くん!」 再び、ボールが空に舞う。 西日が落ち、辺りが薄暗くなり始めていた。 それでも、俺たちは止まらなかった。 砂に足を取られ、転び、喉から血の味がするまで、ボールを追い続けた。 指の皮が剥け、砂が入り込んで激痛が走る。 それでも、俺たちは笑っていた。 神崎烈。 あの怪物を、この砂の上で叩き伏せる。 その想像だけで、心臓の鼓動が加速し、止まらなくなる。 俺たちの「咆哮」は、まだ誰にも聞こえない。 だが、足裏から伝わる砂の熱さは、確実に、俺たちの魂を焼き始めていた。
この話は、読者の評価(★3.25・4件)と感想を踏まえて書かれました。
3,046文字 ・ 2026-10-16 21:03 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it