第3話 / 全3話(連載中)

特異点の獣と桜の森

壁を突き破って現れたのは、形を定義できない「虚無」の塊だった。
半透明の粘液のような肉体に、無数の口と目が脈動している。特異点の獣。それも、これまでゼノが戦ってきた雑兵とは格が違う。
空間そのものを食い破って現れたその巨躯が、どろりとした圧力を放った。

「……っ!」

エララが反射的に跳躍し、距離を取る。
彼女の持つ消費兵装の剣が、どす黒い光を放っていた。

「化け物が……! だが、邪魔をさせるわけにはいかないわ!」

エララが地を蹴る。加速。
黒い閃光となって、獣の核へと突き出した。
だが、獣は動かない。ただ、空いた口の一つから「無」を吐き出した。

衝撃波。
エララの体が木の葉のように舞い、背後の壁に叩きつけられる。
鎧がひしゃげ、口から鮮血が舞った。

「エララ!」
「叫ぶな、ガキ! 下がってろ!」

ゼノがルナを突き飛ばし、前へ出る。
右腕の感覚はない。心臓は結晶に締め付けられ、呼吸をするたびに肺にガラスの破片が刺さるような激痛が走る。
だが、思考は冴えていた。
この獣は、星の欠片に強く反応している。
特に、エララの持つ「消費兵装」のどす黒いエネルギー。あれが餌として最適だったということだ。

「いいぜ。ちょうどいい囮がいた」

ゼノは低く呟き、剣の柄にある起動スイッチを叩いた。
星の欠片が激しく共鳴し、刃に白銀の光が宿る。
結晶化が進んだ右腕が、無理やり固定される。痛覚が消え、代わりに熱い痺れが全身を駆け巡った。

跳ぶ。
視界から色が消え、世界が静止する。
超高速の剣撃。
斬る。弾く。抉る。
獣の肉体に、白銀の線が幾筋も刻まれた。

だが、効かない。
斬られた断面が瞬時に再生し、それどころかゼノの剣からエネルギーを「吸収」し始めた。

(……吸収か。最悪だな)

足場が崩れる。
獣が咆哮を上げ、巨大な触手がゼノの頭上から振り下ろされた。
避ける余裕はない。
ゼノはあえて懐へ飛び込み、剣を獣の「口」へと突き立てた。

「食えよ、全部な!」

全出力を解放する。
星の欠片を限界まで燃焼させ、内部から爆発させた。
轟音が地下水道を揺らし、白光が視界を塗りつぶす。

衝撃で弾き飛ばされ、ゼノは地面を転がった。
肩から先が痺れ、意識が遠のく。
だが、獣は絶叫していた。
吸収しすぎた過剰なエネルギーが、内部で暴走を起こしている。

「……今だ」

ゼノが視線で合図を送る。
壁際で身を起こしていたエララが、それを理解した。
彼女は忌々しそうに舌打ちをしたが、迷わなかった。

「……貸しにしておくわよ、犯罪者!」

エララが再び跳躍する。
今度は、消費兵装の全出力を一点に集中させていた。
どす黒い光の槍。
それが、暴走して隙だらけになった獣の核を、正確に貫いた。

爆発。
肉塊が飛散し、地下水道に静寂が戻る。
エララは膝をつき、激しく肩で息をしていた。
消費兵装の代償。彼女の左手の指先が、白く結晶化し始めていた。

「ふん……。あんな得体の知れないものに、いいところを奪われたな」

ゼノが自嘲気味に笑い、剣を鞘に収める。
右腕は完全に機能停止していた。
もはや、ただの白い石の塊に等しい。

「……なぜ、助けた」

エララが、冷たい瞳でゼノを睨んだ。

「勘違いするな。お前が死ぬと、ルナを回収する手間が増えるだけだ」
「相変わらず、不愉快な男ね」

エララは立ち上がり、結晶化した指を軍服の袖で隠した。
彼女の瞳に、かすかな動揺が走る。
帝国が「安全」だと言っていた消費兵装が、これほど速く身体を蝕むとは。

「……ルナ。大丈夫か」

ゼノが問いかけると、ルナはぼんやりと、消えゆく獣の残骸を見つめていた。
その碧い瞳に、奇妙な光が宿っている。

「ねえ、ゼノ。あの子、言ってたよ」
「あの子?」

「この世界は、もう限界なんだって。星の欠片を使い切ったら、全部、静かな眠りにつくんだって」

ルナの言葉に、ゼノの表情が凍りつく。
それは、帝国が隠し続けてきた真実。
セレスティアという浮遊島群を維持するためのエネルギーは、すでに底をつきかけている。
だからこそ、ヴァレリウスは「統合計画」を急いでいる。
人間を燃料に変え、無理やり世界を延命させる。

「……ふざけた話だ」

ゼノが低く吐き捨てたその時。
頭上の天井から、聞き覚えのある、朗らかな声が降ってきた。

「おやおや。共闘とは、実に心温まる光景ですね」

天井の裂け目から、ひらりと観測者の男が舞い降りた。
汚れ一つない衣装。不気味な笑みを浮かべた顔。
彼は、戦い疲れた三人を眺め、満足そうに頷いた。

「お疲れ様です、ゼノ。そしてエララ騎士。あなた方の『絶望』が、星図をより鮮明に描き出してくれる」

「貴様……!」

エララが剣を構えようとしたが、観測者が指をパチンと鳴らした。
瞬間、三人の足元の空間が歪み、底なしの闇が口を開けた。

「ああ、言い忘れていました。ここにはもう、あなた方が居場所を確保できる『現実』は残っていないんですよ」

闇が彼らを飲み込む。
抵抗する間もなかった。
落下する意識の中で、ゼノはルナの手を強く握りしめた。

次に目を開けたとき。
そこは、空一面に不自然なほど鮮やかな「桜」が舞い散る、静寂の森だった。

「……ここ、は」

ルナが呆然と呟く。
ゼノは、自分の身体に異変を感じた。
心臓を締め付けていた結晶の痛みが消えている。
代わりに、意識が希薄になり、自分が誰であるかという記憶が、指の間からこぼれ落ちていくような感覚。

「ここが、世界の境界。『桜の森』だ」

観測者が、背後から静かに告げた。

「ここに入った者は、精神を星図に書き換えられ、自我を喪失する。……さあ、始めましょうか。あなた方が『何』になるのかを、観測する時間を」

ゼノは、自分の右腕を見た。
結晶は消えていない。
だが、それは白ではなく、深い夜空のような「青色」に変わり、脈動していた。

同時に、頭の中に直接、誰かの声が響いた。
かつての師であり、今の宿敵。
ヴァレリウス・グランツの声だった。

『待っていたぞ、ゼノ。私の完成させた楽園へ、ようこそ』

絶望の底で、物語は最悪の方向へと加速し始めた。

この話は、読者の評価(★1.0・1件)と感想を踏まえて書かれました。

2,565文字 ・ 2026-10-09 18:55 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it