第1話 / 全1話(連載中)

嘘を暴く残酷な夏

窓の外では、茹だるような夏の陽光がアスファルトを焼いている。蝉の声が、まるで壊れたスピーカーから流れるホワイトノイズみたいに鼓膜にまとわりついてくる。

(……暑い。マジで暑い。この季節、なんで青春なんてキラキラした概念がセットで語られるわけ? 湿気と熱気で脳みそ溶けそうなんだけど)

ボク、旭陽翔は、教室の隅っこで死んだ魚のような目でスマートフォンを眺めていた。クラスメイトたちが「夏休み、どこ行くー?」なんて、使い古されたテンプレートのような会話で盛り上がっている中、ボクの視界にあるのは液晶画面の中の、誰かの作り物のような日常だけだ。

でも、ボクには、彼らには見えていない「レイヤー」がある。

ボクの視界の端、時折、現実の景色に走るノイズ。
パチッ、と火花が散るような感覚と共に、現実の風景が数フレームだけ、デジタルなグリッチに侵食される。

「……っ」

不意に視界が歪んだ。
教室の真ん中で、クラスの人気者、九条蓮が笑っている。
「次のライブ配信、マジで楽しみにしてるからさ」
九条が、隣に座る女子生徒に声をかける。その瞬間、ボクの視界に鮮烈な、刺すような青いグリッチが走った。

(出た。……嘘だ)

心拍数が、ドクンと跳ね上がる。
九条の言葉は、完璧な社交辞令。彼が発した「楽しみにしてる」という言葉に含まれる、欺瞞の濃度。それがボクの、この忌々しい「同期後遺症」を強制的に起動させる。

そう、ボクと、ある少女は、呪われている。

「旭くん、また画面見てる」

背後から声をかけられ、ボクは飛び上がった。
「ひゃいっ! ……あ、高木さん」
「『ひゃいっ』じゃないでしょ。相変わらずね」

茶髪のショートカットを揺らしながら、高木芽依が呆れたように笑う。彼女はボクの数少ない、いや、数少ないと言ってもいいレベルの「現実の理解者」だ。

「夏休み直前でみんな浮ついてるんだから、少しは外の空気吸いなよ。画面の中ばっかり見てると、本当に自分がデータになっちゃうよ?」
「……データの方が、まだ扱いやすいからいいんだ」
「はいはい、出た、ネトゲ世代の言い訳」

芽依は軽く肩を叩いて、友達の輪の方へと戻っていった。彼女は、ボクが抱えているこの「バグ」のことは知らない。知っているはずがない。だって、これは個人の感覚であり、科学的な証明も、SNSでの拡散も不可能な、ボクたちだけの「エラー」なのだから。

(いや、今のツッコミ、ちょっとカッコよすぎた? 自分で自分に酔うタイプじゃないけど、ここ、アニメならBGMが止まって間が空くタイミングだよね)

ボクは溜息をつき、逃げるようにスマートフォンをポケットに突っ込んだ。
本当は、彼女に会いたい。
画面の向こう側で、透き通るような白いアバターを纏って、世界を優しく包み込んでくれる『サクラ』に。
そして、教室の窓際で、まるで存在を消すように俯いている、あの地味な少女――一ノ瀬汐里に。

その時だった。

教室中の視線が、一箇所に集まった。
まるで、物語の強制イベントが始まったかのように。

「――ねえ、みんな。これ、見た?」

九条蓮の声だ。
彼は、手にしたスマートフォンを掲げ、不敵な笑みを浮かべていた。その瞳には、獲物を見つけた肉食獣のような、あるいは、最高に面白いコンテンツを見つけた配信者のような、濁った光が宿っている。

「新登場。嘘を暴く、究極のエンターテインメント。――『真実解析(リアル・チェック)』」

九条が画面をタップすると、教室中の生徒たちのスマートフォンが一斉に通知音を鳴らした。
ピコン、ピコン、ピコン。
まるで、死神の足音のような、規則正しい電子音。

「九条、それって……」
誰かが呟く。

「これさえあれば、もう『嘘』に騙される必要はないんだよ。誰が何を隠しているのか、その『嘘つきスコア』が、リアルタイムで可視化される。……例えばさ」

九条の視線が、ゆっくりと、教室の隅へと移動した。
ターゲットは、決まっていた。

「一ノ瀬さん、君はどうかな?」

ボクの心臓が、嫌な音を立てて脈打った。
一ノ瀬汐里。
彼女が、ビクッと肩を揺らすのが見えた。

「……え?」
彼女の声は、消え入りそうだった。

「君、さっき『大丈夫』って言ったよね? でも、このアプリが示す数値は……」

九条が画面を操作する。
教室の大型モニター、あるいは生徒たちのスマホの画面に、一つのグラフが映し出された。

【一ノ瀬 汐里:嘘つきスコア 85%】

「……っ!」

教室が、ざわめきに包まれる。
「え、嘘でしょ? 一ノ瀬さんって、あんなに真面目なのに?」
「85%って高すぎない? 何か隠してるのかな」
「マジかよ、あの地味な子が……」

(おい、待て。展開が早すぎる。これ、一話目の引きとしては正解だけど、ボクの心臓が持たないだろ!)

ボクは立ち上がろうとした。けれど、体が動かない。
一ノ瀬さんの顔が、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。
彼女の視界も、きっと、今、猛烈なグリッチに襲われているはずだ。

彼女が、自分自身に、あるいは周囲に、必死に「大丈夫」という嘘をつこうとしているから。

「やめろ……」

ボクの口から、掠れた声が漏れた。

その時、彼女の視界に、ボクの姿が映った。
怯えた目、眼鏡の奥の、必死な眼差し。
彼女の瞳が、一瞬だけ、ボクを捉えた。

その瞬間、ボクの視界は、かつてないほどの激しいデジタルノイズに飲み込まれた。
視界が真っ白に弾け、心拍数が限界を超えて跳ね上がる。
ドクン、ドクン、ドクン!
まるで、心臓が物理的に画面を叩いているかのような、暴力的な振動。

【一ノ瀬 汐里:嘘つきスコア 85% ―― 警告:深刻な矛盾を検出】

九条のアプリが、残酷な数字を叩き出し続ける。
クラスメイトたちの好奇の視線が、彼女を、一ノ瀬汐里という存在を、バラバラに解体していく。

「あ……」

彼女の唇から、声にならない悲鳴が漏れた。

(ああ、もう。……これ、バズる。最悪な形で、世界が彼女を消費し始める)

ボクは、震える拳を握りしめた。
デジタルな虚構が、現実の真実を塗りつぶしていく。
九条蓮が作り出した、この残酷な「遊び」のステージで。

ボクは、彼女を守らなきゃいけない。
たとえ、その方法が、ボク自身をノイズの中に沈めることになったとしても。


[X (旧Twitter)]

@Ren_Kujo_Official
ついにリリース!新アプリ『真実解析(リアル・チェック)』。
誰が嘘をついているか、一目瞭然。
これからの学校生活、もっと「透明」になれるぜ? 😉

|
|— @user_a: え、これマジでヤバくない?w
|— @user_b: 誰がターゲットになるんだろ。楽しみすぎる。
|— @user_c: 嘘つきスコアとか、プライバシー死んでるけど、面白そうwww
|— @user_d: 拡散希望!これ学校で流行るやつだわ。


「……っ、はぁ、はぁ……」

放課後、誰もいない教室の裏。
ボクは、壁に背を預けて、荒い呼吸を整えていた。
視界の端では、まだ小さなグリッチが、チカチカと点滅を続けている。

さっきの、一ノ瀬さんの顔。
彼女の瞳に映った、絶望。

(……ボク、何してたんだよ。ただ見てるだけなんて、そんなの、ただの傍観者だろ)

スマホを取り出す。
画面には、さっきの『真実解析』のニュースが、いくつものリポストと共に流れてくる。
『一ノ瀬汐里、嘘つきスコア85%の衝撃』
『クラスの地味女子、実は嘘つき?』

ネットの波は、一瞬で彼女を「コンテンツ」へと変えてしまった。
誰も、彼女の本当の痛みを、見ようとはしていない。
ただ、数字が、スコアが、どれだけ刺激的なのかだけを求めている。

(……クソ食らえだ)

ボクは、画面を叩きつけるように閉じた。
けれど、ふと思った。

もし、彼女が『サクラ』だとしたら。
もし、あの地味な少女が、ボクを救ってくれた、あの優しい声の持ち主だとしたら。

(……いや、そんなわけない。ボクの妄想だ。……でも、もしも……)

ボクは、震える指で、検索窓に打ち込んだ。
『サクラ 配信者 正体』
『サクラ オアシス』

検索結果は、ゼロ。
けれど、ボクの胸の奥には、確かな違和感が、熱いノイズとなって居座り続けていた。

夏は、まだ始まったばかりだ。
この、高解像度すぎるほど残酷な、狂った季節が。

3,494文字 ・ 2026-10-04 12:55 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-26b-a4b-it