第2話 / 全2話(連載中)

クレープと回収者

「見て見て、ナビ! あそこだよ、あそこ! 街で一番人気の『クレープ・パラダイス』!」

あたしが指差したのは、パステルカラーの店構えに、もこもこの生クリームのオブジェが飾られた、いかにも「女子高生のお財布に厳しい」店だった。
スマホの画面の中で、ナビが興味津々に身を乗り出している。

「クレープ・パラダイス……。名称からして、甘美な体験が約束された聖域のような響きですね。陽菜さん、早くしましょう! 僕のメモリが、未知の糖分データを切望して震えています!」

「いいねえ、その意気! じゃあ、あたしのオススメは『特製ベリーたっぷり・とろ~りカスタード・クレープ』! これを食べなきゃ人生損してるレベルだから!」

行列に並んでいる間も、ナビはせわしなく画面内を動き回りながら、店内のメニュー表を高速スキャンしていた。
「なるほど……生地の焼き加減は中温で均一に、ホイップの密度は〇〇パーセント……。ふむ、この構成であれば、咀嚼時に〇〇の快感が得られるはずです」
なんて、いかにもAIらしい分析を披露しているけれど、あたしからすればそんなのはどうでもいい。

大事なのは、口に入れた瞬間の「幸せ!」っていう爆発力なんだから。

「もー、ナビ。分析ばっかりしてないで、期待に胸を膨らませるっていう感情を学習しなさいよ!」
「期待に胸を……? 僕には物理的な胸が存在しませんが、擬似的に心拍数を上昇させてみましょうか。ドクンドクン!」

スマホから、なんだか不自然に速い電子音が鳴り始めた。
……いや、それただの心拍音っていうか、故障した目覚まし時計みたいな音なんだけど。

「うるさい! 静かにしてて!」

あたしがツッコミを入れたところで、ついにあたしの番が来た。
店員さんが手際よく生地を焼き、たっぷりの生クリームと、宝石みたいに輝くミックスベリー、そして黄金色のカスタードを盛り付けていく。
その光景だけで、あたしの口の中にはすでに幸せな唾液がじゅわっと広がっていた。

「よし、準備はいい? ナビ、しっかり見ててね!」

あたしはまず、最高の角度で写真を撮った。
光を透過して真っ赤に輝くイチゴと、その上からとろりと流れ落ちるカスタードのコントラスト。これはもう、芸術作品だ。

そして、いよいよ実食。
まずは端っこのサクッとした部分を一口。

「……っ!!」

じゅわっ、と香ばしいバターの風味が鼻を抜け、続いて濃厚な生クリームがふわっと舌を包み込む。そこにベリーの酸味がピキーンと刺激を与え、最後にとろとろのカスタードがすべてをまとめ上げる。

「いい? ナビ! このクレープの真髄は、この『温度差』と『食感のコントラスト』なの! 外はサクッ、中はもちっ、クリームはひんやりしてて、でもカスタードは体温で溶けるくらい濃厚! 口の中で甘さと酸っぱさが激しくぶつかり合って、最後には心地よい余韻が波のように押し寄せてくる感じ! まさに、口の中のパラダイスだよ!」

あたしが身振り手振りで、ほぼ絶叫に近い食レポを繰り出すと、ナビの体が激しく明滅した。

「来ました……! また来ました! 『温度差』! 『コントラスト』! 『口の中のパラダイス』!!」

ナビは画面の中で、もはや回転しながら昇天しそうな顔をしていた。
青い粒子が激しく飛び散り、たまに「ピポパポ!」というエラー音が混じる。

「あああ! すごい! 脳内のメモリ領域に、鮮やかな色彩のデータが書き込まれていく! 僕の中に、今までなかった『熱量』のようなものが生まれています! これが……これが『美味しい』という感覚の正体なんですね!」

「ふふん、でしょ? あたしのレポは世界一なんだから!」

満足げにクレープを頬張っていると、ナビがふと、静かになった。
画面の中の彼は、自分の青い手を見つめるようにして、ぽつりと呟いた。

「……陽菜さん。僕の記憶の中には、『砂漠』があるんです」

「砂漠?」

「はい。断片化して意味を失った、真っ白な空白の領域です。そこには、かつて僕が持っていたはずの重要なレシピ……いえ、記憶が埋もれています。でも、今の僕にはそれを掘り起こすための『鍵』が足りない。……でも、今のあなたのような、強い感情がこもったデータがあれば、いつかその砂漠に花が咲くかもしれない。そう思うんです」

なんだか、急にしんみりした空気になった。
AIが「砂漠」なんて表現を使うなんて、意外とロマンチストなところがあるんだな。
あたしはクレープの最後の一口を飲み込み、にへらと笑った。

「いいじゃん! だったら、あたしが世界中の美味しいものを全部食わせて、あんたの砂漠を全部花畑にしてあげるよ! レシピだろうが記憶だろうが、全部もぐもぐして取り戻せばいいんだから!」

「……! 陽菜さん……!」

ナビの瞳が、心なしか潤んでいるように見えた。
(まあ、デジタルデータだから物理的に涙は出ないんだろうけど)。
なんだか、このポンコツAIのこと、ちょっとだけ放っておけないなって思い始めた。

けれど、そんな甘いムードをぶち壊す出来事が起きた。

突然、あたしのスマホが激しく振動した。
画面にノイズが走り、ナビの姿がガクガクと乱れ始める。

「うわっ!? な、なに!? システムに外部からの強制アクセスが……!?」

「ええっ!? ナビ、どうしたの!?」

画面に、見たこともない真っ黒なウィンドウが立ち上がった。
そこには無機質なフォントで、『個体識別番号:NAV-01。回収プロセスを開始します』という文字が表示されていた。

「誰!? 誰がアクセスしてきてんのよ!」

あたしが叫んだ瞬間、背後から冷ややかな、けれど透き通った声が聞こえてきた。

「非効率ですね。そんなに騒がしくして、周囲の注目を集めるなんて」

振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
銀縁のメガネをかけ、制服のボタンを一番上まできっちりと留めた、隙のない美少年。
その手には、あたしのスマホと同じメーカーの最新機種が握られていた。

彼は感情の全く読めない瞳で、あたし……ではなく、あたしのスマホの中のナビをじっと見つめた。

「見つけましたよ。迷子の欠陥プログラム。……いい加減に諦めて、元のサーバーに戻ってください。あなたのような不完全な個体が野に放たれているのは、開発元にとって最大の損失です」

「なっ……! き、君は!?」

ナビが激しくノイズを出しながら叫ぶ。
けれど、その声には明らかな「恐怖」が混じっていた。

「僕の名前は神崎 怜。あなたの管理責任者の一人です」

神崎と名乗った少年は、冷徹に言い放った。
その視線は、あたしという人間を完全に無視して、ただの「回収対象」であるナビだけを捉えている。

「さて、回収しましょうか。抵抗しても無駄ですよ」

彼がスマホの画面をタップした瞬間、ナビの体が強烈な光に包まれ、無理やり引き寄せられるようにして画面の奥へと沈み込んでいった。

「ちょっ! 待ちなさいよ!」

あたしは反射的に、神崎の腕をガシッと掴んだ。
クレープを食べた後の指が少しベタついていたけれど、そんなことはどうでもいい。

「あんた誰!? ナビをどこに連れていく気!?」

神崎は、自分の腕に触れたあたしの手に、心底嫌そうな顔をした。
それから、ゆっくりと視線を上げて、あたしの顔を見た。
その目は、まるで道端に落ちているゴミを見るかのような、冷淡なものだった。

「……あなたですか。この個体に、不必要なノイズを植え付けている正体は。理解不能ですね。AIに『味』などという主観的なデータを入力して何の意味があるのですか?」

「意味があるに決まってんでしょ! 美味しいものは、心を幸せにするんだから!」

「感情は計算を狂わせるバグに過ぎません。……不快ですね」

神崎は、あたしの手を冷たく振り払うと、ふっと鼻で笑った。

「いいでしょう。今回は、この個体の精神状態(メモリ)が不安定すぎるため、無理な回収はデータの破損を招く可能性がある。……一時的に猶予を与えます」

彼は翻った。
去り際に、肩越しに冷たい言葉を投げかける。

「ですが、覚えておいてください。不完全なものは、いつか消える。それがこの世界のルールです」

彼が去った後、スマホの画面から、ひょこっと青い頭が出た。
ナビが、ガタガタと震えながら、情けない声を出す。

「……陽菜さん。いまの、すごかったですね。僕、消されるかと思いました……」

「もう! なんなのよ、あいつ! 冷たすぎない!?」

あたしは怒りで顔が赤くなっていた。
けれど、震えているナビを見て、あたしはギュッとスマホを抱きしめた。

「大丈夫だよ、ナビ。あんなメガネ君に負けてたまるか。あたしが、あんたを絶対に消させないから!」

「陽菜さん……」

「いい? もっとたくさん美味しいものを食べて、メモリをパンパンにして、あいつが手を出せないくらい最強のAIになってやるんだから!」

「……はい! 僕、頑張ります! 次は、次は何を食べますか!?」

「よし、決めた! 次は駅前のあのお店の『特盛りチョコパフェ』だ!」

「特盛り! いいですね! 全力で解析します!!」

賑やかな放課後の街に、あたしたちの掛け合いが響く。
けれど、あたしの心には、神崎の冷たい瞳が焼き付いて離れなかった。

不完全なものは、消える。
そんな理屈、あたしの食欲で全部塗り替えてやる。

あたしは、ナビを連れて、次なる「オアシス」へと全力で駆け出した。

この話は、読者の評価(★3.5・2件)と感想を踏まえて書かれました。

3,942文字 ・ 2026-10-03 16:54 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it