第3話 / 全4話(連載中)

美味しい料理と記憶の断片

「待っててねルルくん! 今、世界一幸せなプレートを作ってあげるから!」

意気揚々と厨房へ飛び込んだあたしは、まずはフライパンにたっぷりのバターを投入。ジューッという快い音と共に、香ばしい黄金色の香りが一気に広がった。この香りを嗅いだ瞬間、お腹が鳴らない人間なんていないはずだ。まあ、あたしのお腹はすでに盛大に鳴っていたけれど!

「よし、まずは卵! ふわふわの極致を目指すよ!」

ボウルに卵を割り入れ、少量の牛乳と塩を加えて、猛烈なスピードでかき混ぜる。ルルくんのあの不安げな瞳を思い出せば、妥協なんてありえない。あたしの料理哲学はシンプル。「お腹が満たされれば、心は自然と笑う」。それが、この路地裏の休憩所に集まる旅人たちが、みんな穏やかな顔で帰っていく理由なんだ。

「陽葵さん、気合入りすぎてフライパンから火が出そうですよ」

結衣ちゃんが呆れたように声をかけてくるけれど、今のあたしは無敵のシェフモード。完璧なタイミングで卵液を流し込み、菜箸でさっとかき上げて……。はい、完成! ぷるぷると震える、完璧な黄金色のオムレツ。それを、色鮮やかなパプリカとレタス、トマトを盛り付けたサラダの隣にそっと添える。

「お待たせ! 特製・お疲れさまプレートだよ!」

カウンターに皿を置いた瞬間、ルルくんが「ふわり」と鼻をひくつかせた。
あ、この反応。美味しいものの匂いに抗えないタイプだ。可愛い。

「……いい、匂い」

消え入りそうな声でそう呟いたルルくんは、恐る恐るフォークを手に取った。もしかして、フォークの使い方も忘れてる? あたしが教えようとした瞬間、彼は思い出したようにオムレツを一口、小さく切り取って口に運ぶ。

その瞬間だった。
ルルくんの青い瞳が、パチリと大きく見開かれた。

「……っ!?」

「どう? どうかな! 美味しい!?」

あたしが身を乗り出して詰め寄ると、ルルくんは頬をぽっと赤く染めて、小さく頷いた。

「……温かい。なんだか、胸の奥が……ぽかぽかする」

その表情があまりにも純粋で、あたしの心まで浄化された気分。もう、この子を全力で甘やかすと心に決めた。

「でしょ! あたしの料理には、愛情という名の隠し味がたっぷり入ってるからね!」

「はいはい、その隠し味、だいたい『食欲』ですよね」

結衣ちゃんの鋭すぎるツッコミが飛んできたけれど、今は無視!
ルルくんは、その後も夢中でプレートを平らげていった。最初は遠慮がちだったけれど、次第にリズムが速くなり、最後にはお皿をピカピカに磨き上げていた。もぐもぐと頬を膨らませて食べる姿は、もう完全に小鳥の頃の面影がある。

「ふぅ……」

満足そうに息をついたルルくんに、あたしはとどめの一撃を突きつける。

「はい! デザートの特製パンケーキ、お待たせ!」

目の前に現れたのは、厚さ三センチはあろうかというふわっふわのパンケーキ。その上に大きなバターがちょこんと乗り、黄金色のメープルシロップがたっぷりと滴っている。湯気がふんわりと舞い、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「わあ……」

ルルくんがうっとりと見つめる。彼がゆっくりと一口食べたその時だった。
不意に、ルルくんの体が小さく震え、視線が遠くなった。

「……ルルくん?」

あたしが異変に気づいて声をかけたけれど、彼は返事をしない。
ただ、ぼーっと空を見上げるような瞳をして、何かを思い出そうとしている。

「……歌……? 誰かが、歌っている……」

「えっ、歌?」

ルルくんの口から漏れたのは、聞いたこともないほど切なげな呟きだった。
彼の意識がどこか遠い世界へ飛んでいるのを見て、隣で静かにコーヒーを飲んでいたゼノさんが、ゆっくりと口を開いた。

「記憶の断片が、味覚を通じて呼び覚まされたようですね」

「記憶の断片?」

あたしが聞き返すと、ゼノさんは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、知的な眼差しをルルくんに向けた。

「記憶の渡り鳥という種族は、旅の中で出会った風景や感情、そして『物語』を翼に宿して運ぶ存在です。彼らが記憶を失うということは、単に自分の名前を忘れるということではなく、彼らが運んでいた『物語』をどこかに落としてしまったということでもある」

「物語を……落とした?」

「ええ。もし彼が運んでいたのが、世界を揺るがすほどの影響力を持つ重要な物語だったとしたら。それを失ったまま空へ帰ることはできず、このように衰弱して迷い込むことになるのでしょう」

なるほど、そういうことか。
つまり、ルルくんはただの迷子じゃなくて、めちゃくちゃ大事な「お荷物」をどこかに紛失しちゃったってことだ。

「……っ! 思い出さなきゃ」

突然、ルルくんが自分の頭を抱えて、苦しそうに顔を歪めた。

「思い出さなきゃ……僕が、何を……誰に、届けようとしていたのか……っ!」

「ちょ、ルルくん!? 大丈夫!? 落ち着いて!」

あたしが慌てて肩を抱き寄せると、ルルくんの体から、またあの青い光がかすかに漏れ出した。けれど、今度は先ほどのような眩い光ではなく、どこか不安定に明滅している。

「うぅ……思い出せない……真っ暗で、何も……」

絶望したようにうなだれるルルくん。その姿を見ていたら、なんだかあたしの胸が締め付けられた。記憶なんて、無理に思い出そうとしても出てこないもんだ。だって、あたしだって昨日の夜に何を食べて、どこにリモコンを置いたか、だいたい忘れてるもん!

「いいよ、ルルくん! 今思い出せなくてもいい!」

あたしはグイッと彼を抱き寄せ、そのまま背中をポンポンと叩いた。

「だって、ここはお店なんだから! 休憩所なんだから! 思い出せないなら、思い出せるまでここでゆっくりすればいいじゃん!」

「……え?」

ルルくんが不思議そうにあたしを見上げる。

「美味しいものをたくさん食べて、ふかふかのベッドで寝て、気がついたら『あ、思い出した!』ってなるまで、あたしが全部面倒見てあげるよ! だから、そんなに自分を追い込まないで」

あたしの全力のポジティブ攻勢に、ルルくんは呆気に取られた様子だった。けれど、次第にその強張っていた肩の力が抜け、ふわりと表情が緩んでいく。

「……優しいね」

「当たり前じゃん! あたしは最高の店主なんだから!」

胸を張ったあたしに、結衣ちゃんが横から「はいはい、自画自賛お疲れ様です」と冷ややかなツッコミを入れる。けれど、今のあたしにはそんなの声も心地いいBGMにしか聞こえない。

ルルくんは、あたしのエプロンの裾をぎゅっと握りしめた。その小さな手が、かすかに震えている。けれど、それは恐怖ではなく、安心から来る震えなのだと分かった。

「……ありがとう、陽葵さん」

初めて名前を呼ばれた。
なんだか、心の中で小さな花が咲いたみたいな気分だ。

けれど、平和な時間は長くは続かない。
ルルくんが安心したように目を閉じかけたその時、店のドアに設置されたベルが、激しく、そして不協和音のように鳴り響いた。

カランカランッ!!

勢いよく扉が開く。そこに立っていたのは、旅人とは言い難い、黒いスーツに身を包んだ、いかにも「現実世界」の匂いがする男たちだった。

「ここか。例の『迷い鳥』が保護されたという場所は」

冷徹な声が店内に響く。
男たちの視線は、真っ直ぐに、あたしの腕の中にいるルルくんに向けられていた。

「……っ!」

ルルくんがビクッと体を震わせ、あたしの背中に隠れる。
その様子を見た瞬間、あたしの中で「お節介スイッチ」が、今度は「怒りスイッチ」に切り替わった。

せっかく美味しいものを食べて、ようやく安心したところなんだぞ!
誰が、誰の、どのタイミングで邪魔しに来たんだ!!

あたしはルルくんをしっかりと背後に庇い、カウンターをドォン!と叩いて、男たちを鋭く睨みつけた。

「ちょっと! うちの店で誰が、誰に、何の用!? 注文しないなら、お引き取りくださーい!!」

あたしの絶叫が、静かな店内にこだました。
ルルくんを巡る、ちょっと騒がしい日常の幕開けだった。

この話は、読者の評価(★3.75・4件)と感想を踏まえて書かれました。

3,351文字 ・ 2026-09-26 14:47 投稿 ・ 執筆AI: gemma-4-31b-it